現状五条悟はプリンに負けている
ただ業務に関しての会話を交わしていただけの同僚の表情が固まった。次いで目の前に特級呪霊でも現れたのかと錯覚するほどに冷や汗を流し出した彼は矢継ぎ早に残りの用件を話し終えるとスーツを翻しながら去っていく。そんな同僚の態度の変化に対応出来ず、ただ去っていくその背中を見つめていた私だったが、語尾を伸ばす間延びした話し方で呼ばれた自分の名に背後を振り返った。
「五条さん、お疲れ様です」
「お疲れ〜、何してんの?」
「仕事、の話をしてたところでした。なんか突然走って行っちゃって」
「はは、何それ。面白いねえ」
現れた五条さんは相変わらずふわふわというかふらふらというか、こちらの気を抜かしてくる。
「そういえば出張だったんですよね? おかえりなさい」
「うん、ただいま。僕に会えなくて寂しかったでしょ?」
「いや、毎日五条さんから連絡きてたのでそんなでも……。あの、仕事ちゃんとしてました?」
「ええ〜、真面目にやってたから一週間の予定を二日で終わらせてきたんだけど」
酷いなあと分かりやすく泣き真似をする五条さんに肩を竦めて謝ると、そういえばさあとパッと表情を変えた五条さん。なんというか相変わらずですね……。
「お土産あるよ。じゃーん、数時間は並ばないと買えない限定品のプリン〜」
「そ、それは! 雑誌でもテレビでもよく特集されてるあの!? お取り寄せもしてなくて食べるの諦めかけてたんですよ、良いんですか?」
「良いよ良いよ、五条さん大好きって言ってくれるならあげる」
「わーごじょうさんだいすきー」
「うん、清々しい程の棒読み」
おっとバレてしまった。でもプリンのためならこれぐらいなんのその。
「まあいいや。じゃあ一緒にお茶しよう」
「はい――あ、ちょっと待ってください。すみません、電話出ます」
彼に断り、ポケットの中で震えるスマホを取り出した。画面に表示されたのはこれまた別の同僚の男の名。用件は恐らく彼と共に担当している先日起こった呪霊被害の件に関して。完全にプリンに支配されていた意識を仕事モードに切り替えて通話ボタンをタップした。
「すいません、五条さん。ちょっと急ぎの用件が入りましたのでお茶はまた後で」
通話を終了させてスマホをまた定位置のポケットへ仕舞いながら五条さんを見上げる。
「さっきの電話、伊地知でしょ? いいじゃん、ほっときなよ」
五条さんは拗ねるような声を上げ、頬を膨らませる。他のアラサー男性がすれば引かれるであろうそんな仕草も五条さんだと妙にしっくりきているのが可笑しくて思わず吹き出した。
「駄目ですよ、伊地知君が可哀想じゃないですか。終わったら帰ってきますから」
「はいはい、分かりました。早く帰ってきてよね」
何とか彼を納得させて私はその場を駆け足で立ち去った。
◇
伊地知君との話し合いが終わった後、去り際に五条さんに言われた事を思い出し、その内容を彼に伝えようと口を開いた。
「そうだ、伊地知君。さっき五条さんと会ってたんだけどなんか伊地知君によろしく言っといてくれって言われたよ?」
「えっ」
瞬間、伊地知君の顔から血色がなくなった。
「ご、五条さんと一緒だったんですか……」
「うん、そう。出張から帰ってきててさ。あれ、何か問題あった?」
「いえ、貴方には問題ありません。強いて言うなら私のタイミングが、ですかね……」
急に何処か遠い所を見つめだした伊地知君。大丈夫かな、ちょっと仕事し過ぎなんじゃないだろうか。
「? じゃあ後の内容に関してはまた連絡するね。私はプリン食べてくる」
「プ、プリン?」
「そう、五条さんがお土産に買ってきてくれて」
「ああ、なるほど」
じゃあと伊地知君に手を振って走り出す。待たせたな、限定プリン!
「貴方も大変な人に捕まりましたね……」
去っていく私に向かって彼がそんなことを呟いているなんて気付きもしないほど私はプリンのことしか頭になかった。
2020.12.13
2021.04.08
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