しゅわしゅわ溶けて


赤、黄、緑、青。ガラス瓶の中でころころ転がる無数の飴玉を彼女はいつも目を輝かせながら見ていた。その中身がカラフルな彩りから段々と青の比率が増えていく様子さえもいつも楽しそうに。




「七海君、今日誕生日なんだって?」

彼女からは様々な香りがする。この甘酸っぱい香りは苺だろうか。

「確かにそうですが、どこから聞いてきたんですか」
「さっき猪野君から聞いた。他にも沢山の人に言い触らしてたよ」
「……そうですか、彼には後で話をしておきます」

いつもの調子の猪野君が周囲に話して歩く姿が容易に目に浮かぶ。自身を慕ってくれる後輩は確かに可愛いものだが、彼には少し度が過ぎる部分がある。
そんな私を宥めるためにまあまあと彼女の手が私の腕に触れた。

「申し訳ないんだけど何も準備出来てなくて」
「別に構いません。もう誕生日にはしゃぐ歳でもありませんし」
「えー、私なんて未だにそわそわしちゃうけどな」

そう言いながら彼女は自身のバッグの中を掻き回す。

「なので私お気に入りの飴をあげましょう」

そうしてカランと音を鳴らしながら青の多いその瓶を私の目の前へ差し出した。

「本当に好きですね、それ」
「それぐらい美味しいんだよ? リピート回数は絶対私がトップだと思う」

蓋を開けながらどれがいい? と尋ねる彼女に合わせて視線を瓶の中へと落とす。

「苺、レモン、メロンに、あとソーダ」

彼女が瓶を振る動きに合わせてころころと飴玉が転がる。半分ほどに減ったその中身は明らかに青色のソーダ味が多く残されている。というのも彼女はどうやらソーダ味があまり好きではないらしい。以前ソーダ味のない商品を買えばいいのではないかと提言したことがあるが、『このメーカーのこの商品の飴が好きなの』と少し不貞腐れた表情をした彼女を見てからそう指摘することも止めた。
そうして残ったソーダ味もただ捨てられているわけではない。彼女が他の味を消費するペースには到底敵わないが、定期的に別の人物によってその数を減らしていた。『ソーダ味が一番美味しいって言うんだ。私は断然苺味だけどな』とその人物について話す彼女の瞳はころころ転がる飴玉を眺めている時と同様に輝いていた。

「そしてソーダ味ばかり残すのも相変わらずですね」
「だって他の味の方が好きだからさ」
「青ばかりで他の色が埋もれて見えないほどですけど」
「あー……ちょっとソーダ味の消費方法がなくなっちゃって」

言い淀んだその様子に視線を彼女へと向ける。

「実は、別れちゃいまして」
「――」
「ってそんなことは良いの! ほら七海君、どれにする? 私のおすすめは断然苺味! 見えないけど多分まだ残ってるから」

早口で捲し立てながら瓶をくるくると回して明らかに今の失言を誤魔化そうとする彼女。別れたとの言葉と共に見えた悲しげな表情はほんの一瞬だったが、強く私の心に残っていた。

「――ではソーダ味を」

とんと瓶に触れて彼女の動きを止めると一番上にあった青を掴む。いつも彼女が頬を膨らませている姿からもっと大玉のものを想像していたが、実際の飴玉はすぐ溶けてしまいそうなほどに小ぶりのものだった。

「次からはそのソーダ味の消費係、私がなりますよ」

口内へ放り込んだ飴玉を転がす。やはり私では彼女のように頬を膨らませることは出来そうになかった。

「七海君、ソーダ好きなの?」
「いえ、それほど」

体ごと右に傾けながら理由が分からないと眉を顰める彼女に思わず口元が緩む。
ほら、そのままいくと中身が零れてしまいますよ。



2021.07.03


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