いつも彼とは喧嘩ばかり


「おはよう」

欠伸を噛み締めながらリビングへ足を踏み入れると、揃っていた仲間達から挨拶が返ってくる。ぐるりと見回すが、そこにはいつもソファで偉そうに座っているイルーゾォがいなかった。

「いたっ!」
「おまえ、寝癖ひでぇぞ。女としてどうなんだ」

突如髪を引かれ、体が後ろへとよろけた。痛む地肌を手で押えながら後ろに立つその犯人を睨みつける。

「いきなり何するの、イルーゾォ!」
「親切に教えてやっただけだろ?」

どこがだ、どこが!確かに触ってみると後頭部の髪が一部跳ねていた。チェックを怠った私に落ち度があるのは分かっているが、もう少し他に伝える方法があったのではないか。

「わざわざ引っ張らなくてもいいでしょ。それにいきなり女性の髪を触るなんて…イルーゾォの変態!」
「なっ…!」

力の限り私より大分高いところにある顔を睨みつけながらそう言えば、狼狽えたイルーゾォの顔が赤く染った。してやったりと怒りなのか恥ずかしさなのか小刻みに震える彼にしたり顔を向けていると反論が返ってきた。

「ふざけんな、誰が変態だ!おまえなんかの髪触ったぐらいでそんな気起こすかよ!」
「は?喧嘩売ってる?」

売り言葉に買い言葉。徐々に口論の激しさをエスカレートさせていた私達に、いい加減にしろとリゾットから鋭い言葉が飛んでくる。その一言に瞬時に口論を停止させた私達は恐る恐るその声の方に顔を向けた。隈がくっきりと残り、もう何日もまともな睡眠を取れていないと分かる顔だが、それでもその眼光の鋭さは健在だ。

「早く座れ、話が始められねぇだろ」
「うっ、ごめんなさい…」
「わ、悪かった…」

とても逆らえないと俊敏な動きで私達はソファに座る。他の仲間達はまたこいつらはと言わんばかりに皆呆れ顔をしていた。





ある日私は外出するため、その準備に取り掛かっていた。折角だからとこの間一目惚れして買った新しい洋服を下ろし、それに合わせて髪型とメイクも気合を入れた。そして部屋を出る前にしっかりと寝癖がないか確認をする。これならばイルーゾォにもあんな風には言われないだろう。

「おはよう。ちょっと出かけてくるね」

部屋を出てリビングにいる仲間達に声をかけた。そこにいたペッシやプロシュート、メローネはいつもと少し雰囲気の違う私に気付いてよく似合っていると褒めてくれた。それに私は気分を良くして私を無言で見つめてくるイルーゾォにどうだと腰に手を当て胸を張った。

「今日は女らしくないとか言わせないから」
「そ、そうだな…服に目が行くおかげでおまえのひでぇ顔が見えねぇからな」

あっと言うペッシの声がかすかに聞こえた。なんで、なんでそんなことばっかり言うの…。新しい服を着たワクワク感もそれを褒められた嬉しさももう消えてしまった。私の頭の中にはイルーゾォに言われた言葉だけが残っていた。

「…別にイルーゾォに何言われてもいいよ。ペッシ達は褒めてくれたし…きっと今日のデートの相手も褒めてくれるから」
「……デート?…おまえとなんて相手の男は目が腐ってんじゃあねぇか?」
「っ…イルーゾォの馬鹿!」

私は呼び止めてくるペッシを振り切ってリビングを飛び出した。



思わず力を入れて扉を閉めてしまい、古いアジトの玄関扉が軋む音がした。外で煙草を吸いながら私の準備が出来るのを待っていたホルマジオは呆れた顔でそんな私を見た。

「おいおい、外まで聞こえたたぞ」
「…ごめん、ホルマジオ。買い出し行こう?」

そうだ、デートなんて嘘だ。ただリゾットから頼まれた物を買い出しに行くだけ。勿論この服だってデート相手に褒めて欲しかったわけじゃあない。イルーゾォに何を言われてもいいなんて嘘だ。私が褒めて欲しかったのは、可愛いって言って欲しかった相手は…他でもないイルーゾォなのだから。

「……しょうがねぇなぁ。ジェラートでも奢ってやるからよォ、元気出せ」

優しく頭に乗せられた手の温かさに目頭が熱くなる。零れそうになる涙を防ぐため、目を強く閉じた。

「ホルマジオのこと好きになれば良かったな…」
「いや、どうせおまえはイルーゾォに惚れるだろ?」

自分でああ言っておきながら間違いないと断言するようなホルマジオの言葉に納得した。やはり、そうなるんだろう。女扱いされなくても、どんなに喧嘩をしても、それでも私はイルーゾォを好きになったのだから。
私はこれ以上ホルマジオに心配をかけないよう、なんとか笑顔を見せて歩き出した。





誰と行くってんだよ、くそっ。思わず他の男と楽しそうに並んで歩く××の姿を思い浮かべてしまい、オレは頭をかき混ぜた。たとえそれが仲間だろうと他の男に嬉しそうに笑いかける姿なんて見たくない。
…オレだって可愛いと思ってるさ。今日の姿も、欠伸を我慢する表情も、寝癖のついた髪も。眉を顰めてこちらを見上げてくる表情さえも。どんな姿も表情もオレだけに向けてくれたらと思っているのに、それを素直に伝えられない自分が情けない。

「おい、オメーは女の服の一つも褒められねぇのか」
「ぐっ…」
「しかも惚れた女だろうが。いつまでもガキみてぇな態度取ってんじゃあねぇよ」

煙草を吹かすプロシュートの姿は男のオレから見ても様になっていて、尚更自分の幼稚さを思い知らされた。オレは言い返すことも出来ず、情けなく鏡の中に逃げるしか出来なかった。



▽plus : 上手くいかない暗チ から
Twitter 2019.07.27
2019.07.30

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