8


薄暗い路地裏で身を潜めて、ホルマジオは人が行き交う通りの向こうにいる男を見つめていた。リゾットから受け取ったターゲットの資料を今一度確認する。今回のターゲットはスタンド使いでもないただのチンピラだ。ボスに不都合な何を知ってしまったのかは知らないが、さほど苦労することもなく任務を遂行できるだろう。だが、始末する前にこの男が接触する人物の情報も確保してこいとのこと。面倒臭いが指示ならば仕方が無い。
男に近付くため、一歩踏み出そうとしたホルマジオだが、突然その歩みを止めた。
通りを歩く人影の中に見えるのは××ではないか。この時間はいつもならもう家にいるはずの時間、しかもここは××の家から離れた場所だ。珍しいこともあるものだと軽く考えていたホルマジオだが、目に飛び込んできたその状況に目を見張った。



もうピクリとも動かなくなったボロボロのターゲットの男の体を踏み潰すとさらに地面の血溜まりが広がった。そのまま何度も踏み続ければ腕はちぎれ、脚はちぎれ、ただの肉片となっていく。そうまでしてもホルマジオの苛立ちは収まらなかった。
先程の光景が頭から離れない。仲睦まじく男と寄り添いながら歩く、今までホルマジオには見せたことのないような柔らかい表情を見せるあいつは誰だ。あいつにそんな表情をさせることが出来るあの男は誰だ。
ホルマジオは足を一振りして靴に付いた血液を飛ばすと来た道を引き返す。指示に背き、情報を得る前に始末したことへのペナルティが待っていることなど今のホルマジオにとっては瑣末なことだった。





リビングの扉の開く音がして××はそちらを振り返った。その場所に立つホルマジオを確認して××は首を傾げた。今朝目が覚めた時に彼はおらず、てっきり今日は仕事だと思っていたが予定が変わったのだろうか。いや、それを抜きにしても高頻度で来ていたとはいえ、二日連続で来ることなど今までなかったはず。不思議に思いつつもホルマジオの傍まで行き、呼びかけようとした××だったが、自分に向けられたその瞳の冷たさに思わず体が竦む。

「…ホル、」
「なぁ、今日何してた?」

伸びてきたホルマジオの手に腕を掴まれ、さらには腰を引き寄せられる。その力は××の柔らかい肌に指がくい込むほどに強い。痛みを感じるほどの力に解放を求めるが、そんな××の声など聞こえていないかのようにホルマジオは話を続ける。

「新しい男見つけたんだろ?どうだった、その男は。おまえを満足させてくれたか?」
「なんの、こと…?」
「今日男と仲良さそうに歩いてたじゃあねぇか」

身に覚えのないことを言われて戸惑う××だが、一つその可能性を思い出す。

「ちがっ…あれは同僚で、」
「へぇ、同じ職場の奴にも手ぇ出してんのか。そりゃあオレみてぇな会ったばかりの男にホイホイ付いてくるような女だもんなァ。オレよりそっちの奴の方が良かったか?」

あまりの言い様に××の表情が強ばる。そのことに気付かないほど、ホルマジオには余裕がなかった。
否定して欲しい。自分の方が良いと言って欲しい。―自分にもあんな風に笑いかけて欲しい。

だが××は何も言わない。少し俯いたその瞳に薄く涙の膜が張っていることに、ホルマジオはやはり気付かない。
ホルマジオは××の顎に手を添えると顔を近付けた。

「やっ…!」

××は咄嗟に自分とホルマジオの顔の間に手を入れてそれ以上近付いてくるのを拒んだ。ついには我慢できずに瞳から涙も零れる。
―嫌だ、彼との初めてのキスがこんなのなんて
何故だか緩んだ拘束から身を捩って抜け出すと××は部屋から出て行くようにホルマジオの体を押す。

「もう、帰って…!」

ホルマジオはその力に何も抵抗もせず、何も言わず、そのまま部屋から出ていった。

ホルマジオが部屋から出ていくと××はその場に座り込んだ。瞳からは次々と涙が零れる。嗚咽が漏れそうになる口を両手で塞ぐと、そのまましばらく体を丸めて泣き続けた。



××の部屋から出たホルマジオは力無くアジトまでの道を歩いていた。恐らくリゾットからであろう着信を告げる携帯に出る気力が、今はない。
泣かせておいて、触れることを拒否されたことに傷付いている。その身勝手さに自嘲した。―オレにはあんな顔、させてやれねぇな。
その顔は笑っているはずなのに、泣いているかのようだった。



2019.06.21


back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -