意地悪な彼


××は引き出しの奥にしまい込まれていた封筒を手に取った。それはあの日連絡をくれた友人の結婚式への招待状。返信期日が間近まで迫っているというのに、××はまだ返信することが出来ていなかった。××はペンを手に取ると、ゆっくりと出席の文字へ丸を付けた。





「××?どうしたの?」
「…遅くなってごめんね。招待状の返信、さっき出してきたから」

電話で友人に出席することを伝えると嬉しそうにありがとうと返ってくる。そして××が気にしないようにと返信の遅れに関してもフォローを入れてくれる友人に、ずっと伝えられなかった言葉を伝えるために××は口を開いた。

「あの時、結婚するって連絡くれた時…素っ気ない態度取ってごめん」

自分一人だけ置いていかれてしまうと焦っていた。友人も毎日仕事に追われ、同じように過ごしているはずなのにどうして自分にはと卑屈になってしまった。羨ましかった。

「…そんなの全然気にしてないよ」
「っ、ごめん」
「もうほら泣かないのー」

友人の優しさが身に染みる。××は友人に慰められながら一頻り泣いた。

「心配しなくても××のことを大切にしてくれる人は必ず現れるから」
「あっ…」
「え、え、もしかして彼氏出来たの?」

報告する予定だったものの、いざそうなると恥ずかしさからなかなか言い出せない。だが友人は××の反応で確信したのか、だれだれどんな人?教えなさいと矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。××はできる範囲でホルマジオのことを説明した。

彼は口が上手くて、ちょっと強引。普段は色気があって格好良いのに、たまに見せる歯を見せた笑顔はどこか可愛くて。意地悪なことも言うけど、私を見る瞳や触れる手は優しい気がする。色々あったし、きっと今までに私なんかより美人な人とも付き合ってただろうけど、それでも私を選んでくれた。

××がそう説明すると電話越しに友人の溜め息を吐いた。

「あーあ、こんな盛大に惚気られるなら聞くんじゃあなかったわ」
「聞いてきたのそっちのくせに!」
「…でも良かった。本当に好きなのね、その人のこと」
「うん…好き」

そんな頬を染めながら楽しそうに友人と電話する××の背後にいつの間にか人影が見える。その人物、ホルマジオは口の端を指で押えた。そうしなければ上がり続ける口角を止められそうにない。ホルマジオは未だにこちらに気付かない××へと手を伸ばすとその腰に腕を回した。

「きゃああ!え、な、いつの間に…!」
「クッ…」

××は突然自分の腰に回った腕に驚き、振り向こうとするが肩に顔を埋められてそれ以上後ろを振り向けない。だが見えるこの頭はホルマジオだ。××の反応が余程面白かったのか肩は震え、笑いを噛み殺している。

「××?大丈夫なの?!」
「だ、大丈夫!ごめん、また後で連絡するから!」

突然電話越しに悲鳴を上げた××を心配する友人に問題ないことを告げると××は一旦電話を切った。はぁと息を吐き、驚きでドクドクと脈打つ心臓を落ち着かせようとする。だが腰に回した腕の力を強め、肩口で頭を動かすホルマジオを再確認すると、次は別の意味で心臓の鼓動は加速した。

「えっと…いつの間に来てたの?」
「ちょっと強引とか言ってた辺りからだな」
「〜〜っ!」

ホルマジオについて語っていたことのほぼ全てを本人に聞かれてしまったという事実に××は思わず顔を両手で覆った。逃げようにもホルマジオにがっちり腰を掴まれ、身動きすら取れない。

「で、××は誰が好きなんだって?」
「うっ…き、聞き間違いでは?」
「まだ耳遠くなる歳じゃあねぇんだよなァ」

これは言わない限り離して貰えそうにないと理解したのはいいが、××が気持ちを口にするのはあの日以来のことだった。もういい歳になって好意を素直に示すことに若干の抵抗もあるだけではなく、関係の始まりがあのような始まり方だったのだ。恥ずかしさが勝ってしまう。それでも××は意を決して口を開いた。

「私が好きなのは……ホルマジオ、です」
「ん、オレも好きだ」

頬に手を添えられ、上を向かされると唇が降ってきた。短く繰り返されるキスを受け入れていると腰に回っていた方の手が服の中に滑り込んでくる感触に気付き、慌ててその腕を掴んだ。

「ちょ、待って!まだこんな時間だから駄目…!」
「……しょうがねぇなぁ。まだ、駄目なんだな?」

しまった、墓穴掘った。自分の失言に気付き、さらに顔を染める××にホルマジオは最後にもう一度唇を落とすとあっさりと拘束を解いた。

「じゃあ飯作ってくれよ、夜に向けて精力付けとかねぇとなァ」

上機嫌でにやりと笑うホルマジオに、××は頭を抱えるのだった。



2019.07.23


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