残る笑顔


ホルマジオに発破をかけ、アジトを出たイルーゾォは約束の酒を買うために行きつけの店まで来た。扉に手をかけようとして取手に臨時休業と書かれたボードがかけられていることに気付く。イルーゾォは舌を鳴らすと、別の店に入るために踵を返した。
そして近くにあった数度だけ訪れたことのある店へと足を踏み入れた。ここも品揃えは悪くないが、やはり行き慣れた店を選んでしまい、中へ入るのは数ヶ月ぶりだった。

「いらっしゃいませ」

中に入ると、数ヶ月前にはいなかった見た事のない女の従業員がいた。女は感じのいい笑顔でイルーゾォを迎え入れるとすぐに元の作業を再開した。そんな女をイルーゾォは酒を見る振りをしながら横目で観察する。最近入ったばかりなのだろうが、他の客と親しげに話すところを見ればもうこの店に馴染んでいるようだ。顔も並、スタイルも並、大して特筆すべき所が見当たらない普通の女。早々にイルーゾォの興味もなくなり、女に向けていた視線を元に戻した。

目的の酒を数本選んだ後、たまにはいつもと違うものでも飲んでみるかと陳列された商品を見て回っていると、先程の女が何かお探しですかとイルーゾォに話しかけてきた。

「好みを教えて頂けましたらお客様にぴったりの物をご紹介いたしますよ?」

いつもなら話しかけてくる従業員は邪魔だと追い払うところだが、自分のような大柄の男にも臆せず話しかけてくるその女の実力がどれ程のものなのか、少しの興味が湧いたイルーゾォは気まぐれにその申し出を受けることとした。

「じゃあ選んでもらおうじゃあねぇか」
「はい、お任せ下さい!」

女は自信ありげに小さな握りこぶしを肩の辺りに掲げた。





会計を済ませ、女から袋を受け取る。

「まあまあ高いの買わせたんだ、不味かったら許さねぇぞ」
「いえ、絶対お客様に気に入って頂ける自信があります!」

そう言うと女は腰に手を当て胸を張った。なるほど、短い期間で馴染むほどだ。その人懐っこさに感心した。

「ですのでまた是非、このお酒の感想聞かせに来てくださいね」

女はにっと歯を見せながらこれまた人懐っこい笑顔をイルーゾォに向けた。



「…おい」
「はい?」
「…また、来る」

イルーゾォは一言そう呟くと足早に店から出ていこうとする。一瞬遅れて反応した女は慌てて、お待ちしておりますとその背中に向かって声をかけた。

店を出てからもそのスピードを緩めることなくアジトへ向かうイルーゾォは、口元を片手で覆う。顔から伝わってくる温度はいつもより高く、心臓の鼓動もいつもより速い。
記憶にも残らないような平凡な女の笑顔がイルーゾォの頭に残って離れなかった。



※もしかしたら続くかもしれない。

2019.07.12


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