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着信を知らせる音に携帯を見てみれば、画面に表示されたのは職場の同僚だった。その同僚は最近奥さんの妊娠が発覚したとのことで、××を含めた数人の職場の仲間で先日お祝いをしたばかりだ。わざわざ先日の礼を伝えるために連絡してくれたそう。だがそれだけでは終わらず、余程聞いて欲しかったのか将来産まれてくる我が子の話を続け様に話す。彼の嬉しそうな様子が容易に想像出来てしまう。思えば最近の彼はこの話ばかり。それは職場でも、先日の会場へ向かう道中でも。彼が子煩悩になる未来が見えてしまい、××は聞こえないように笑った。



彼との通話が終わり、時計を見て見れば時刻はもう昼食の時間。食事の準備をするため××は立ち上がり、キッチンへ向かう。そして昼食のメニューを考えるために冷蔵庫の扉を開いた。中には沢山の食材が入っているが、それはとても一人暮らしの女が食べられるだけの量ではない。

彼がまた来るのではないか、来てくれるのではないか。××はその期待が捨てられず、気が付けば店で食材を手にしてしまっていた。だが、あれから数日。彼は来ない。苦手ながらも最近は楽しさを見出せる程になっていた料理も、ただ空腹を満たすためだけの作業となってしまった。

「…こんなにあったって私一人で食べ切れるわけないじゃあない」

―都合のいい女で良かった。彼の性欲と食欲を満たすだけの存在でも会いに来てくれるのなら。そう思っていたのに、恐らく彼の自尊心を傷付けてしまった。
―会いたいよ、ホルマジオ。
瞳から零れ続ける涙を拭っていると、背後から聞き逃してしまいそうなほど小さな声が××の名を呼んだ。だが××は聞き逃さなかった。ずっとずっとその声にそう呼んでもらえることを望んでいたのだから。

「ホルマジオ…」

振り返ってその名を呼べば、ホルマジオは眉尻を下げて小さく笑ったが、直ぐに表情を引き締めた。

「…この間は悪かった」

ホルマジオは××の顔を見つめてそう述べた後、視線を下げてその手首を見た。そこにはあの時掴まれた手の跡がまだ痛々しく残っている。その視線に気付いた××はその跡を手で擦ると問題ないと伝えるため、ふるふると首を振った。

「勝手におまえにはオレだけだと思ってたんだ。…そんな訳ねぇのにな」

そう悲しそうに語るホルマジオに××の心臓の音が次第に速くなる。

「オレ、おまえにマジになっちまったらしいんだ。好きなんだよ」

その告白に息を呑んだ××のそばに寄ると、ホルマジオはその瞳の端に溜まった涙を拭った。

「きっとこれからもおまえを傷付けるし、泣かせることもある。それでもオレを選んでくれねぇか?…今度は恋人に、なって欲しい」



「馬鹿ね、なんで分かんないのよ。セフレとしか思ってない男に毎回苦手な料理なんて振る舞うわけないでしょ」

驚いて止まっていた涙がまた溢れ出した。こんな酷い顔、本当なら見られたくなどないのに。そんな××の意志とは裏腹に次から次へと溢れて止まらない。それでも自分の気持ちを伝えるため、××は顔を上げてホルマジオを見つめた。

「っ…好き、私だって好きなの」





「うん、何となくそうかなって思ってた」

一頻りホルマジオの胸で泣いた××が落ち着いた頃、ホルマジオは悩んだ末に普段の自分のことを××に話すこととした。それを聞いた××はやはり驚いた顔をしたが、直ぐに納得した様にそう述べた。普段の様子や、あんな怪我をしていた所も見られているのだ。一般人でないことは薄々勘付いていた。
 
「上から命令が下ればそいつがどんな奴だろうとその命を奪うのがオレの仕事だ。それでも本当に…後悔しねぇか?」

今更手放せなどしないくせに、ホルマジオはそう××に問いかけた。それでも構わないと言ってくれるのを期待していた。自分は望まれてそばに居るのだという確証が欲しかった。

「確かに不安はあるけど…それでも」

一緒にいきたい。いきていきたいよ。

―あぁ。やっぱりあの日、エノテカで飲むおまえを見つけたオレの目に狂いはなかったってことだな。

真剣にホルマジオを見つめる××の頬を撫でれば、嬉しそうに目を細める。そんな××にホルマジオはグッと顔を近付けた。

「…なぁ、今度は拒否しねぇよな?」

その言葉の意味を理解した××はその頬を少し染めながら小さく頷き、眉間に皺が寄るほど強く目を閉じる。それを合図としてホルマジオは更に顔を近付けるとお互いの唇を重ね合わせた。
一瞬感触を感じるほどの短いキス。もう何度も肌を重ねているというのに、あまりにぎこちない子供のようなキスに二人は顔を見合わせて笑うのだった。

end



2019.07.10


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