残るもの


「誕生日おめでとう、アバッキオ」

準備したケーキとプレゼントでささやかだが誕生日を祝おうとアバッキオを部屋に呼び出した。プレゼントは彼の好きな銘柄のワイン。受け取った彼は感謝の言葉と共に優しく微笑んでくれた。
笑顔を見れたのはとても嬉しい、でも…。私は気付かれないように部屋の隅に隠した物を見る。本当はもう一つプレゼントを用意したが渡すべきなのか迷っていた。

アバッキオは前からもし自分が死んだら自分のことは忘れろと私に言う。その為か私にくれる贈り物は全てが形として残らないもの。それが優しさからくるものだと分かってはいるが、どうしても寂しさは拭えなかった。
もうこんなにも私の中で大きくなった彼への思いを忘れることなんて出来ない。そして図々しくももし私が先に死んでしまっても彼には私のことを忘れないで欲しいと思ってしまった。
そして今回、勇気を出して用意したもう一つのプレゼントはワイングラスだ、しかもペアグラス。飲み終わったら終わりのワインだけではなく、形として残るもの。それを私と使って欲しいし、見る度に私を思い出して欲しい。そう思って用意したのはいいが、今になって渡すのが怖くなった。私の独りよがりな思いで彼に重荷を課させてしまうのでは…。
不安が顔に出ていたのだろう。どうかしたのかと尋ねられたが上手く返せないでいるとさらに表情を険しくした彼に問い詰められ、諦めて白状することにした。

「…ペアグラス?ブランド品のいいグラスじゃあねぇか。何をそんなに躊躇してたんだ?」
「…形に残るものは嫌かなって」

そう言うと一瞬不思議そうな表情をしたが、その後意味を理解したのか目を伏せた。

「…オレが言ったこと気にしてるのか」
「…ごめんなさい、私の我儘なの。私はアバッキオを忘れたくないし、アバッキオにも私を忘れて欲しくない。そのグラスを見る度私を思い出して欲しい」

顔が見れなくて思わず俯くと膝にのせた手が震えてることに気付きぎゅっと握りしめる。そうしているとその手が彼の大きな手に包まれ、お前の意思を無視して悪かったと告げられた。

「オレだって忘れられるわけがない。こんなにも…愛してるんだ」
「もう無理やり忘れろとは言わねぇ。ただもし次に一緒になりたい男が出来たらオレに遠慮しねぇでお前は幸せになるんだ」
いいな?それだけは譲らねぇぞと頬に手を添えられ目を合わせられる。彼の優しさとその愛の深さに思わず涙が溢れる。彼の手に自分の手を添えながら頷くと表情が緩み小さく笑ってくれた。


生まれてきてくれて、私を愛してくれてありがとう、アバッキオ。願わくば来年もまたその次も、あなたの誕生を私も一緒に祝わせてください。





「いい加減泣きやめ。今日はオレの誕生日なんだぜ、笑った顔見せてくれねぇのか?」

涙を拭ってくれる彼の指の動きが優しくてなかなか涙が止まらなくて呻いているとアバッキオはハッと吹き出し、そのまま口付けてきた。これで涙も止まっただろ?早くさっきのワイン一緒に飲もうぜとニヤッと笑う彼に、かなわないなと思い知らされたのだった。



Twitter 2019.03.25
2019.03.28


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