変化


“牛乳。赤い牛の絵が描いてあるやつ、これが美味しい!”
“ついでに砂糖も買ってきてくれると助かるなあ”

猫のマークが入ったデザインの薄いピンクのメモ用紙にはあいつらしい小さな丸っこい字が羅列されている。それを元に売り場に視線を巡らせた。複数種類の牛乳が並んだ売り場の中から見つけた目印の牛の絵に手を伸ばそうとすると、耳に障る猫撫で声が飛んでくる。振り返った先にいた女は胸も脚もさらけ出した格好で重そうな睫毛を揺らしながら目を瞬かせていた。

「誰だよ、おまえ」

酷い、覚えてないのと頬を膨らませる女の顔を凝視しても、やはりその顔には覚えがない。女の言い分を信じるならば数年前に何度か関係を持っていたそうだ。そんな女の顔なんて覚えてるわけねえだろ。

「見て分かんねえのか、買い出しに決まってんだろ」

何しているのかと体を擦り寄せて来た女にそう答えると意外そうに目を開いた。

「へえ、料理とかするんだ〜」

自分の武器が何かをしっかり理解している女はわざとらしくその溢れそうな胸を押し付けてくる。睨みつけても舌を鳴らしても女は離れようとはしない。こう人の多い所では後処理は面倒だし、それで帰るのが遅れたらそれはそれで若干面倒臭いことが待っている。しょうがなしにその方法は諦め、絡みついた女の腕を振り払うまでに留めた。

「あっ、もう」

ようやく目的の物を手にしてさっさとその場を去ろうとしたのだが、変わらず目の前には障害物が立ち塞がっていた。

「ねえ、また会えない? 相性良かったでしょ、私達」
「覚えてねえな、そんなこと。それに一人で手一杯だ」
「なんだ、相手いるの。でも私の方が良いでしょ?」
「いいや」

その自信は一体どこから来たものなのか。横をすり抜け女を置き去りすると、高いそのプライドを傷付けられたからか終始粘りつくようなものだった女の喋りが荒く鋭いものへと変化した。

「なんなのよ、その女のどこがいいっていうのよ!」
「オレにお使いさせるところ」
「はあ? なに、その買い物って女に頼まれたからなの? そんなのがいいなんて趣味悪くなったわね」

「いいや、オレは昔より断然良くなったと思うぜ。今そう思った」

瞬間歪んだ女の表情に胸がスカッとする。他の買い物客から好奇の視線に晒された女はヒールを鳴らしながら人の波をかき分け、消えていった。

「はあ、結局遅くなっちまったじゃあねえか」

すぐ帰ると伝えて出てきたのに未だ帰らないオレを遅いと玄関前で待ち構えているであろうあいつの姿が目に浮かぶ。今日はオレの好物を作るのだと張り切っていたくせに必要な材料を買い忘れたまま支度を始めた抜けたやつ。作った料理をただオレが食べるだけでやけに嬉しそうな顔をするやつ。

「……しょうがねえなあ」

支払いをするためレジへと向かっていた脚を止め、身を翻す。目指すは砂糖が置いてある売り場だ。
これなら少し遅れたが文句もないだろう? あくまで機嫌取りのため、だからな。



Twitter 2021.03.20
2021.04.08


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