あなたは本当に不器用な人ですね


彼がどんなに他の女性を褒めても、どんなに他の女性を見ていても、他の女性と関係を持ったとしてもなんてことはなかった。それに関して今まで数多く喧嘩もしたけれど、結局彼はそばに居てくれたから。一夜で終わる彼女達とは違う。私は愛されている、その自信があった。それがいつからだっただろう、何も言わなくなったのは。

シャワールームから出て壁の時計を確認すれば時刻は十時三十二分。リビングに彼の姿はなく、秒針のカチコチという音だけが響いている。

「やっぱりまだ帰ってないか……」

今日はどこにいるんだろう。またどこかの店で会った人の所にでもいるんだろうか。今、彼に愛されているのはどんな女性なんだろうか。きっと私よりも綺麗で胸も大きくて腰が細くて足が長くて――彼好みの人なんだろう。
俯いた視界の中、フローリングにポタっと髪から垂れた水滴が落ちた。ああ、そうだ。まだ髪も乾かしてないし、化粧水すらつけてない。沈みかけた思考を振り払うためドレッサーの前に座り、丁寧にスキンケアを完了させてドライヤーで髪を乾かしていく。
以前、彼が私の頬は撫で心地が良いと言ってくれた。髪の手触りも悪くないと言ってくれた。そんな言葉を未だ大事にしているなんて自分でも馬鹿げていると思う。もう最近はそんな触れ合いもなくなっているというのに。以前は彼に女性の影を見つける度に嫉妬心を顕にしていた。でも何度彼を咎めても彼は他の女性の元へ行ってしまう。始めはあんなにあった自信が少しずつ少しずつなくなってしまった。どんなに言っても無駄なのだとしたら、もうやめよう、もう何も言わない。少なくとも私がいるこの家には帰ってきてくれるから。もう彼が帰ってきてくれるだけで構わない。それから私は何も言わなくなった。

「もう寝よう」

一人、冷たいシーツの感触しかないベッドに潜り込む。目が覚めた時に彼が隣にいますようにと願い、目を閉じた。



今日も一人の夕食を終了させ、食器を片付けているとテーブルの上の電話が着信を知らせた。画面に表示された相手の名前は私とは別のチームの、彼と同じチームに属する男からだった。

「もしもし、ホルマジオ?」
「よォ、久し振りだな。元気してたか?」
「うん、大丈夫。そっちは調子どう?」

会話をしながら思い返せば、もう随分とホルマジオとは会っていない。私のチームでは仕事が一緒になることなどほぼないし、イルーゾォは私がホルマジオに会うことはあまりよく思っていないようだったから。

「それで今日はどうしたの?」

お互いの近況を話し終わったところで本題を切り出す。電話からは彼の声と共にジャズの音楽や人の話し声聞こえており、どうやらどこかで飲んでいる最中らしい。

「いや、イルーゾォが酔い潰れちまって。今からそっち持って帰るから」
「えっ、イルーゾォも一緒なの?」

そうか、今日は女の人の所じゃあないんだ。思わず安堵の溜息を零す。しかし一緒に住んでいるのに相変わらず彼の予定を何も知らないことに少し胸が痛んだ。

「ああ、ここ最近ずっと付き合わされてんだ。全く、オレの身にもなって欲しいもんだよなァ」
「そうなんだ、知らなかったよ」
「……ああ、夜も仕事かオレと飲んでるかだぜ?」

仕事かホルマジオとだけ?そんなわけがない、そうだとしたらいつ――

「いつ女と会ってるんだろうとか思ってるだろ」
「うっ」
「なあ、これはマジな話なんだけどよォ」

こいつ、女と遊ぶのやめたんだよ

「嘘……そんなわけない、あんなに私が言ったってやめてくれなかったのに」
「そりゃあ今までの行いを考えれば信じられねぇよな。けど事実だ」

いくらホルマジオがそんな嘘をつくわけがないと分かっていても信じられない。だって、なんでそんなことする必要があるの?彼にとってなんの得があるの?じゃあなんで普通に帰ってきてくれないの?私がいるから帰りたくないの?分かんないよ、イルーゾォが何を考えてるのか分かんないよ。

「まあ、どう考えてもイルーゾォが全面的にわりぃんだけど。おまえも今の気持ち全部話せ、思ってること全部言え」
「待って、無理だよ!」
「待たねえ、今から連れて帰るからそれまでに覚悟決めろ」

彼はそう言い残すと私の制止を聞き入れもせずに通話を切った。力なく電話をテーブルの上に置くとそのまま机に突っ伏した。
これから私たちの関係がどうなるのか、不安と恐怖でぐちゃぐちゃな状態で覚悟を決めるなんてことはとても出来なかった。



「ほら、持って帰ってきたぞ」

イルーゾォに肩を貸しながらここまで連れてきてくれたホルマジオはそう言うと荷物を投げ捨てるかのようにイルーゾォを床へと突き放した。思わずしゃがんで床へと落ちたイルーゾォに手を伸ばす。彼は顔を伏せたままで起きているのか寝ているのかも分からない。そのままホルマジオを見上げれば私は余程酷い顔をしていたのか彼は困った様に笑った。そんな私を慰めるようにぽんと頭の上に手が置かれ、彼は頑張れよと一言だけ残して帰っていった。

ホルマジオが帰ってからも私達は一言も喋れないでいた。彼は床に伏せたまま、私は座り込んだまま。どうしようと必死に思考を巡らせているとイルーゾォがむくりと床から起き上がった。だけど顔は伏せたままで視線は合わない。するとすっと腕がこちらに伸びてきて、乱暴に頭をかき混ぜられた。

「頭、撫でられてんじゃあねえよ」
「ご、ごめんなさい」

ぐちゃぐちゃになった髪の毛で遮られた視界を直そうとして止めた。瞳に浮かんだ涙を見られてしまう。彼に触れてもらったのは一体何時ぶりだっただろう。

「オレだってなあ、自分がどうしようもねえ奴だって分かってんだよ」

彼がぽつりと呟いた。その声は少し震えているように感じた。

「今までだってオレから離れていった奴は男でも女でも沢山いた。いつかおまえもオレから離れていくんじゃあないかと……不安、だった」
「――」
「だからオレが他の女を見てたり話してたりする時、おまえが嫌そうな顔をしてるのが嬉しかった。愛されてると自信が持てた、安心できたんだ。そして最後にはおまえの元へ帰ることで伝えているつもりだった。しょうがねえな、やっぱりおまえにはオレしかいねえんだよって」

伏せられていた視線がやっと私の視線と絡み合った。彼は両腕で私を抱き寄せると肩に顔を埋める。はあと漏れた熱い吐息が私の肌を撫でた。

「だがある時からおまえは何も言わなくなった。途端におまえがオレをどう思ってるのか分からなくなった。見限られてしまったのかと、別れを切り出されるのかと思うと怖くて逃げてた。実際は逆だ、オレにはおまえしかいないんだ」

彼は一際強く私を抱きしめた後、そのまま黙りこくってしまった。名前を呼んでも聞きたくないと駄々をこねるように私の肩で首を振るだけ。そんな、イルーゾォだけ言いたいこと言ってだんまりなんてそんなのずるい。私の話も聞いて。沢山伝えたいことがあるの、今まで言えなかったことが沢山。
私も伝えようと唇を動かすけれど胸が詰まって上手く言葉にならない。おまけにどんどん涙も溢れてきて静まり返った空間に私の嗚咽だけが響く。それでもなんとかこの気持ちを伝えたくて、あんなに大きかったのに今は怒られた子供みたいに縮こまった彼の体に腕を回した。

「っ……す、き……イル、ゾォ」
「っ……」
「も、……どこにもっ、行かないで」

必死に紡いだ言葉は彼に届いただろうか。気が付いたら私は床に寝転がっていた。天井とともに私の視界に映る彼は普段の自信たっぷりな姿からは想像も出来ない情けない表情をしている。アルコールが回って熱い指先が私の髪を、頬を撫でる。ああ、私はこれを待ち望んでいたのだ。もっと、もっと沢山、私に触れて欲しい。懇願するように彼の顔に手を伸ばした。

久し振りにしたキスは涙とアルコールの味でしょっぱくて苦くて酷い味だったけれど、重ねられた唇は離れようとはしなかった。



Twitter 2020.03.24
2020.04.23
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