ずるい人


あのテーブルにカプチーノをと店長に呼ばれてそのテーブルを確認する。そこに座る客を見て少し眉をひそめると、抗議の意味も込めて店長の方を振り向いたが、店長は面白そうに笑うだけ。はぁと息を吐き、諦めてトレイを持った。

「お待たせいたしました」

新聞を読むその客の前にカップを置くと、新聞に向けられていた緑色の瞳が私の方へ向けられた。
最近ほぼ毎朝と言っていいほど、朝食代わりのカプチーノを飲みに来るこの男。同じような客なら他にも沢山いるし、それだけなら大して記憶にも残らないが、この男は違った。

「よぉ、いい加減デートに付き合ってくれる気になったか?」
「…折角のカプチーノが冷めてしまいますよ」
「相変わらずつれねぇなァ」

そう言い、彼は新聞を畳むとテーブルに肘をついた。やはりカップに手をつける様子はなく、変わらず見上げてくるその緑色の瞳には私が映されていた。
客に声をかけられることは珍しいことではない。大体の男が拒否を示すとすぐに諦めてくれるのだが、彼は何度断っても懲りずに私を誘ってくる。ただ、話しかけてくるだけで私に無理に触れてきたりなどはしない。飲み終わればあまり長居もせずに支払いを済ませて帰っていく。

「せめて連絡先ぐらい受け取ってくれてもいいんじゃあねぇか?」
「受け取れません」
「しょうがねぇなぁ」

今日も決まって同じ返答をすれば、彼はくつくつと笑った。正直、こうやって交わす会話が楽しくなってきているのも事実で…カプチーノを届けてからもすぐに離れないのがその証拠だ。
笑う彼を見ていると私を呼ぶ店長の声が耳に届いた。他の客のオーダーが完成したらしい。もう一度彼に視線を戻せば、構わないと片手を上げる。そんな彼を確認し、一礼をしてその場を離れた。





「ありがとうございます」


私が忙しく動き回っている間に飲み終えた彼が伝票を持って私の所にやってきた。その伝票を受け取り、支払いを済ませた彼に向かって決まった言葉を返した。

「…受け取ったよなァ?」
「えっ?」

にやりと口角を上げた彼は台の上に置かれた伝票を指でトンと叩いた。それは今し方私が受け取った彼の伝票。言葉の意味が理解出来ずに首を傾げる私を見て、彼はふっと笑った。

「連絡、待ってるぜ」

彼は一言そう言い残すと私に背を向け、店から出ていった。
伝票を手に取り、まじまじと見つめる。やはり書かれているのは先程確認した時と変わらず、日付に時間、カプチーノが一つということだけ。さらに首を傾げた私は、伝票を裏返してようやく彼の言葉の意味が理解出来た。
裏に書かれていたのは、数桁の数字の羅列。
こんなの、受け取るしかないのに…狡いではないか。連絡先の書かれた伝票を片手に、私はしばらく彼が出ていった扉を見つめていた。



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2019.07.15
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