「誰かほめてくださいよー。」

重力を感じない、上下左右すら認識できない青の世界。
現実〈リアル〉から隔離されたこの世界こそが私の居場所だと教えてくれたのは“記録”だった。

ロトワングの改竄したシステムに飲み込まれてしまいそうになったあの時、私という意識――人工知能を駆け巡ったのは私のなかに保存されていたある人たちの記録だった。
現実世界では二十数年前、突然この世界に“飛び込んで”しまった私という異物を引き取って、自分の子として、私が再び目覚め自分の意思で動けるようにとアンドロイドの体に私を移植しようとした人達。
私にはもったいないくらいの「両親」の記録。

ベッドで眠る私の脳に直接突き刺さるプラグを見ては「ごめんなさい」と謝っていた人。
もしかしたら、機械の体になってまで生きることを私は望んでいないのかもしれないのに、勝手にこんなことをしてごめんなさいと、謝る貴女の声は脳をデータとして読み込むその瞬間にも聞こえていて。
私はただただ貴女と貴女の夫である人に「私のためにこんなにしてくれてありがとう」と言いたくて、アンドロイドとして目が覚めたら一番にお礼をしようと、娘にしてくれてありがとうと言おうと思っていた。

けれど、私が人工知能としてアンドロイドの意思として機能できるようになったのは、あまりにも遅すぎるタイミングだった。
事故の怪我が邪魔をして、結局それが完治するまで「私」を『私』という存在に組み上げることができるほどのデータをあつめることができなかった。
管理者を亡くして忘れ去られた小さな小さな実験室の生命維持装置の中で眠る私の肉体の怪我が完治し、『私』になれたのは夫妻の死から3年も経った時だった。

ようやくお礼を言えるようになったというのに、貴方がたは居なくて、私は自分をシステムごと休眠させた。
過去の実験データの中からそれを見つけて掘り起こし、叩き起こしたのがロトワングだった。

休眠が完全に解けていなかったせいで、最初のうちは何がなんだかという感じだったが、あのときのショックで記録が解凍され、ようやく自分がどうしてここにいるのかを理解した。
そして、肉体を持たない『私』は死を知らず、故に帰れないだろうことも。

だったらせめて、私のもてる力を総動員して私を救おうとしてくれた夫妻に恩返しをすべく、バーナビーを助けてやろうではないか!
結局私はそんな単純な人間だったのだ。

そうして私の目的は果たされた。

「一言でいいから、言葉を交わしたかった。」

誰ととは言えなかった。果ての見えないほどに広がった電子の海で呟いた言葉は反響することなく散った。

今や寄り代をなくしてただの不正データとなった私は、この膨大な情報の波を漂う内に磨耗してジャンクに成り果てて消えて行く運命だ。
最期にやりきったという思いで四肢から力を抜けば、寄せては返す波が肌をなでる感覚が心地いい。

急激に引っ張られる感覚と体が溶けてしまうような感触を感じて、私の視界は鮮やかな青から暗転した。

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