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ロトワングのラボはジャスティスタワーの深部にある。
日の光も差さないそこは、持ち主と同じく酷く陰気な場所だった。

「H01、出番ですよ。」

ロトワングは手元の小さな機械を操作する。
するとどうだろう、私の意志と反して黒と赤のヒーロースーツに包まれた体は、勝手に動き出す。
繋がっていたコードは意図も簡単にはがれて、私の“体”を拘束するものは何もなくなった。

「ワイルドタイガー――鏑木・虎徹を抹殺し、貴方がワイルドタイガーに“成る”のです。」

創造主の言葉に酷く忠実に、鉄の塊は動き始める。
人間離れした身体能力を発揮する体は、自重に反比例するかのように軽やかに地を蹴ってありえない速度で走った。
ラボの中にズラリと並ぶ、自分と同じ姿のH01達を一瞥して、私はシステムに入力された場所へと跳躍した。


何度跳んだ・・・いや、飛んだだろうか。
跳躍はあまりに高く、地に足をついていた時間よりも滞空時間の方が長かったような気がする。
まったくもって、兎もスカイハイも真っ青な力だ。
目的地にたどり着くその瞬間、障害物である古びた壁を蹴りつけるようにして着地。
・・・何故壁を飛び越えずに壊した、私、いやH01。
そういうところまで本家に似せてプログラムされているんだろうか。

システムの指示するままにたどり着いた場所は、アニメで見た覚えのある路地。
あぁ、ブルーローズと対峙したあと、初めてワイルドタイガーが自分の偽者と出会うところか。
未だ壊した壁から立ち上る土煙の中に見つけた男の姿に、私は無いはずの心臓がドクリと鳴るような感覚を覚えた。

本物の、ワイルドタイガー――鏑木・T・虎徹
オンラインで繋がっているラボのデータベースから彼のデータを引き出した瞬間、システムのどこかでカチリとスイッチが入ったのを感じる。
「ふざけんじゃねぇ、ワイルドタイガーは俺だよ!!」
自分を指しながら吼える彼を一瞥すると、私の体のどこにあるとも分からない発声器官が「誰だお前?」と軽口を叩いて、一気に跳躍する。
重力が加算された勢いのままに振り下ろした拳はワイルドタイガーに当たることなく地面を穿った。
が、この計算された体はそこで動きを止めずに、逃げる彼を追って拳を繰り出す。
何度も何度も、人間離れした速さ・力・パターンで繰り出されるそれを、彼は危なげながらも避け続ける。
その上、隙をついてこの重たい体を背負い投げすらしてみせたのだ!
くるりと世界が反転する中で、アンドロイドのスペックに決して負けない彼に、私は感動を覚えた。
到底、一般人では成しえないその身のこなしは、彼らヒーローの日々の弛まぬトレーニングの成果であることを“観ていた”私は知っている。
こんな常識外れの強敵にさえ屈することの無い彼こそが、真にヒーローたる人物なのだと感じた。
彼を逃がすべく、彼を捕まえようと体から繰り出されたワイヤーを止めようと試みるが、私の“感情”という名のソフトはマザーボードたるシステムを凌駕することはかなわなかった。
私の心とは関係なく、体は彼を追い詰める。


遅れて登場したファイヤーエンブレムとブルーローズが私を挟んで、ワイルドタイガーに辛辣な言葉を投げかける。
「違う、私はワイルドタイガーなんかじゃない!彼が本物なのだ。」なんていえればどれだけいいだろうか。
私がいくら声をあげようとしても、発声器官はうんともすんとも言ってくれない。
絶望したように、呆然と私達を見上げながら「俺のこと、忘れちまったのか。」と呟く彼に、心は悲しくて悔しくて悲鳴を上げる。

「何言ってるのかしら、気味の悪い男。早く連行しちゃいなさい。」

無情なファイヤーエンブレムの声に、体は素直にしたがった。
せめてもの抵抗に、彼に近づく歩みが遅くなるようにと念じる。
それが叶ったのか、それともただの偶然か、一歩一歩ゆっくりと迫る私を、彼は奥歯を食いしばって見ていた。

あぁ、未だあきらめていないのか。
画面越しでは観ることのできなかった細かい表情が、彼の中で消えないでいる光を教えてくれる。
だが、彼を絶望に貶めるべく振り上げたこの腕は、とまりそうに無かった。


そのときだ
「これが、貴様の最期なのか?」
曇天の空に響く声。燃え上がる青い炎。


あぁ、あの男が来た、私がこの場で彼を殺すようなことにはならないだろう。
その安心感で、私は振り上げていた腕を自然と下ろしていた。

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