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かくして、舞台は整った。
女神の頭部に位置するタワーの最上階で、アポロンメディアの社長にしてこの“英雄”喜劇の脚本家でもあるマーベリックは、その分厚い唇をゆがめて哂った。
今夜この夜をもって「シュテルンビルトの平和を守る英雄」は代替わりを果たす。
市民はその裏にあった人間とアンドロイドとの闘争も知らず、ましてや自分達が信奉して止まない“英雄”が摩り替わった事実にさえ知らずに、全ては彼の思い描く通りになる。
メディア王は、そう信じて疑わなかった。
彼の思惑に抗うHERO達の絆によって生まれ出でる力も、彼の想定の外部から真実を映そうとする自身の部下の存在にも、彼は気付かずに。
更にその裏で、一人電子の狭間から彼を確実に失脚させることのできる“イレギュラー”がその機会を伺っていることも、もちろん彼には知る由などなかったのだった。

背にした蒼い電光の照明は、自身をネットワークの世界で包み込む電子の海の色に似ていた。
それは酷く私に安心感を与える。
たゆたう波の合間に揺れるようにまどろんでいた私を現実(リアル)へと引き戻したのは、本家ワイルドタイガーを模したスーツのフェイスマスクを乱暴に跳ね上げる衝撃だった。
途端、カッと一気に見開かれた視界に映るのは、ワイルドタイガーとバーナビーの姿。
驚愕に目を見開く彼らの目に映るのは、醜い科学の栄光の姿。

「気付いたんだよ。アンドロイドこそが完全なる正義の形だとね。」

自身に送られてくる通信を介して聞こえる老年の男の台詞に、私はクスクスと笑い声を漏らしそうになった。
H01が、NEXTに代わってヒーローになる?

――ご冗談を!!

老いた野望は、酷いフィクションカラーに染まっている。
長年「シュテルンビルトの平和を守る英雄」の偶像を作り上げようとしていたマーベリックは、彼の手を離れた場所で「英雄」の実体が顕現していたことに微塵も気付いていなかった。
確かに、最初はマーベリックをはじめとするTVスタッフの思惑でプロデュースされていたに過ぎない偶像(キャラクター)だったかもしれない。
そうして用意された偶像(キャラクター)はシュテルンビルトの平和を望み必死に活動してきた。
その活動の動機に、最早プロデューサーやスポンサーの思惑など関係は無く、ただただそこにあるのは市民の笑顔と平穏な日常の渇望。
そう、自身の意思でHEROであることを選んだその瞬間から、彼らHEROは自身の力で偶像(キャラクター)を超越した実体(ヒーロー)となったのだ。

例えば両者のスペックも経験値も同じだとして、警察官を演じる役者は本職である警察官に勝る働きができるだろうか?
誰でもわかる、答えは否。
いくら技術を仕草を言葉を模倣しても、役者(キャラクター)には自身の心を支える使命はなく、使命に殉じる意思もない。
外見をいくら取り繕ったとしても、「中身」(ココロ)が空っぽのハリボテ同然の「偶像」(アンドロイド)は、本物たる実体に勝ることはありえないのだ。

「待ってろよ楓、すぐに助けてやるからな。」

低く虎が唸る様な声でそう言ったワイルドタイガーは、シュテルンビルト市民の心に焼きつくその姿で、ハンドレットパワーを発動しようと吼えた。

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