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ジャスティスタワーに帰還して、ラボでメンテナンスを終えた私は疲弊していた。
どんなにアンドロイドがエネルギー切れにならない限り動き続けるハイテクボディだとしても、中の人たる私はただの人間・・・しかも一般人だ。
先ほどのルナティックとのやりとりで、戦闘経験などない私は物凄い精神的疲労を感じたのである。


「刮目して己のすべてを省みろ。」

その言葉と共に放たれたボウガンは容疑者である鏑木・虎徹には当たらずに、彼を拘束していたワイヤーを切っただけだった。
ボウガンの軌道には矢が纏っていた炎が踊り、鏑木・虎徹とヒーローの間に壁を作った。
たった数秒、一分にも満たない会話をしたのであろうワイルドタイガーは、ルナティックの前から去り、見事我々の前から逃げていった。

「ちょっとどういうつもりよ!殺人犯をかばう気!?」

それを何もせず見逃したルナティックに、ファイヤーエンブレムが叫ぶ。

「否、タナトスの声に、私は従うまで。」

そう言ってボウガンを構えた彼が狙うのは、私ただ一人。

「貴様の正体はいずれ明らかにしてやる。黒幕と共にな。」

言い終わるのが早かったのか、燃える矢を打ち込まれたのが早かったのかはわからない。
ただ、その殺意のこもった一撃を避けるので、私は必死だった。
目の前に迫った青い炎を体はいとも簡単に避けるが、中の人はもうヒヤヒヤだ。
“観て”避けることは知っていたとしても、あの灼熱さえ感じる距離まで凶器が近づいた時には、本気で死ぬかと思ったのだ。
先ほどのワイルドタイガーとの攻防ではなかった「命のやり取り」。
同じ状況に立てば、一般市民という名のチキンハートには些か負荷がかかりすぎだ。と運命を呪うのは、私だけではあるまい。

だが、体は冷や汗を流すことなどなく、宙で一回転すると足に取り付けられた折りたたみ式の銃を瞬時に組み立てる。
それと同時にエネルギーを銃を持つ右手に一気に集中させれば、銃口は禍々しいほど赤く発光した。
体を支配するシステムが自動的に照準を合わせたのは、ルナティックのマスクに描かれた掌のど真ん中。
いくら良い素材で作られたスーツであろうと、システムで演算されはじき出された銃弾のエネルギーとその当たり所では、ただでは済まないだろう。
右手人差し指がカチリと引き金を引く瞬間、ほとんどシステムでは意識されていない足を軽く振って自身のバランスを崩した。
複雑な物理的演算によって完璧なまでに空中で安定していた体は斜めに崩れて、凶弾はルナティックの肩をかすめるに留まった。
未だ地上に落ちきらぬ体の中でホッとため息をつけば、長身の死神が後ろに盛大に倒れるのが見えた。

――た、頼むからここで報復するのは止めてください、お願いします。

ルナティックが罪人と見なした者には容赦がないことは画面越しによく知っている。
ワイヤーも切られて空中で身動きが取れないこの状況で肩を撃たれた仕返しにと、ファイヤーエンブレムを超える発火能力でウェルダンに直火焼き――どころか丸焦げにされやしないかとヒヤリとしたが、彼は引くことを決めたらしく、地面に横たわった体は青いなめる様な炎に包まれて一瞬で消えた。

それにようやく安心したのもつかの間、私の重たい体はドスンと顔面から地面と熱い口付けを交わすこととなった。
滞空中にバランスを崩していたことをすっかり忘れていたのだ。
痛みは無いが、衝撃は感じていた。
この程度で私や体が壊れることは無いが、だからといって気分のいい感覚ではない。
安心感と虚脱感に落ちたままの体勢でしばらくボーっとしていると、見かねたブルーローズが近寄ってきた。

「まったく、アンタはいつも肝心なところで、そうやってドジ踏むんだから。」

見下ろしたまま手は貸してくれない当たり、流石女王様と言ったところだろうか――これが本物のワイルドタイガーで、彼女の記憶が正しいものであれば、もう少し違っていただろうが。

ブルーローズの「いつも」という台詞が胸に刺さる。
きっと今まで一緒に戦ってきたことを、交わした言葉も憶えているのに、その“人物”が摩り替わっている。
本物が報われる未来も、黒幕が暴かれる結末も知っているけれど“現在”があまりに歯がゆくてもどかしい。
それと同時に湧き上がるのはワイルドタイガーへの罪悪感だった。
鉛のように重いその感情を嚥下して、私は重い鉄の体を立ち上がらせた。

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