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こころないせかい



私は夢

世界は夢

貴方も夢

命さえ




「人間の」世界は、壊れてしまった。
二度にわたる魔導の力による闘争は大地を砕き、海底へと沈めてしまった。

『世界崩壊』

人々は絶望に呑まれた。
誰もが死を覚悟した。

だが、それの恐怖に屈さぬ者達がいた。
魔導の力を抱く幻獣と人の間に生まれた子と、彼女の運命に惹かれた者たち。

何度も死にそうになった。
何度も絶望しそうになった。

だが、彼らは勝った。
救った。
安息をもたらした。

その身に注がれた魔力ゆえに「崩壊」した、道化師に勝った。
塔の上に翼を広げた、哀れな破滅の天使――神に最も近い存在を打ち滅ぼした。

大地は傷つき、失われた命も多い。
だが、この世界は着実に再生の道を進んでいた。

けれど、「名前の」世界は壊れてしまったまま。
修復などありえなかった。
名前は、帝国の高位武官であった。
魔導の力を注がれた、人工の魔道剣士。
戦の中を駆ける、三頭犬の牙。

殺伐とした命を狩る日々の中、名前の心は確実に冷えていった。
そんな中で、たった一つだけ名前を支え続けたもの。
それが破滅の天使、狂気の道化師――ケフカ・パラッツォその人である。

ケフカは元々武力を嫌う、温和な性格の文官であった。
博識で、気性の荒い相手でも言葉で諌めるを知っていた男。
抜け目無い策士であることは、誰の目から見ても明らかだというのに、憎めない人。

誰もが、彼を好意的に思う、そんな人。

親も無く、武官の義父に拾われた後も、学が無いために剣を振るうしかできず、蔑まれていた剣士の名前を、唯一認めてくれた人。
親愛なる友、頼れる父、心許せる兄――名前の中に、ケフカを言い表す言葉はいくらでもあった。

「あなたは、あなたらしくあれば良いのですよ。」

金髪を揺らし、線の細い体を折り曲げて、小さい名前の頭を撫でるケフカの顔と言葉を、忘れることは無い。

名前は、ケフカを愛していた。
一人の女としてではなく、傍にいる一人の人間として。
名前は確かに、ケフカに深い愛情を抱いていた。

だから泣いた。
名前は、泣いた。
今までの人生の中で、たった2度だけ。

一度目は、彼が壊れてしまったときだった。
皇帝は、子供の名前の言葉を耳に留めることなどなく、ケフカを奪っていった。
秘匿とされた魔導の力。
幻獣から引き出した、人ならざる力。
名前の愛した人は、その力と引き換えに優しい笑みを失った。
非道になった、本当に笑むことがなくなった、名前の頭を撫でることがなくなった。
名前は、泣いた。
「優しい彼を」失って泣いた。
だが、気付いたのだ。
ケフカは、名前だけは傷つけないことを。
撫でてくれることはないし、機嫌が悪ければ罵倒を浴びせられることも少なくはなかった。
だが、手を上げること、突き放すことだけはしなかった。
何があろうとも、絶対に。

名前は、そこに「昔の」ケフカの名残と、「今の」ケフカの愛情を見出した。
それが、都合の良い思い込みだということもわかっていた。
だが、それでも名前は構わなかった。
ケフカの傍にいられる、それだけで十分だった。

二度目は、彼が名前の目の前で消えてしまったときだった。
世界が崩壊して、塔が聳えたあの時。
名前だけが、その頂上でケフカの傍に仕えていることを許されていた。
そのとき名前は、彼の後を追い魔導をその身に受け、力をつけ、ケフカの補佐官に上り詰めていた。
だが、そんな上書きの地位など、どうでも良い。
ケフカが傍に置いてくれる、それだけで満足だった。

「名前。“私”と名前以外の全てが終焉を迎えた時、“僕”が貴方に安息を与えましょう。」

その安息が、死を意味することなど分かりきっていた。
だが、それさえも名前は甘受する覚悟ができていた。
ケフカの望みを、壊れてしまった彼が強く望んだそれを、拒むことなどできなかった。
それさえも、幸福と思えた。

それなのに、ケフカは名前から奪われた。
幻獣の血を引く少女と、その仲間たちとに、奪われた。

名前は泣いた。
「壊れた彼を」失って泣いた。
天に翼を広げたその姿は掻き消えていた。
どうしようもない喪失感に、名前は泣いた。

もう、彼の声を聞くことはできない。
姿を見ることはかなわない。

それは、深い絶望になった。
それは、慟哭で形を変えた。
それは、深い憎しみに変わった。

名前は、世界を憎んだ。
だが、ケフカを倒した少女を――ティナを憎むことは出来なかった。
ティナは、「優しい彼」を奪うことはしなかった。

名前からケフカを、「優しい彼」を「壊れた彼」を二度も奪ったのは、「世界」だった。
世界が憎い。
憎くて、憎くてたまらなかった。

ケフカが「世界」を壊してしまったから、その復讐に「壊れた彼」を奪ったというのか。
先に、「優しい彼」を奪ったのは皇帝――彼を野放しにした世界だったというのに。

名前は、ナルシェ炭鉱の坑道にいた。
ケフカを奪ったティナの足跡を遡ると、自然と全てが此処に導いた。
ティナの旅の始まりの場所、ケフカを奪った旅の始まりの場所。

「此処が、全ての始まりの場所。」

先程切り捨てたモンスターの死骸だけが、名前の言葉を聴く暗い穴。
世界崩壊によって崩れかけた炭鉱の奥深くに人気は無く、唯一の灯りはペンライトの放つ人工光と、それを受けて輝く剣の煌きだけだった。

銀よりも尚白金に輝くその剣は、フィガロの主エドガーが名前に与えたものだった。
ケフカを失い、絶望にくれて心を閉ざした@:。
与えられていた地位故にこれから先、蔑まれ、疎まれ、傷つけられて生きる運命にあることを、かの王は見抜いていた。
その天性の女に甘い性格ゆえか、それとも名君の慈悲か、エドガーは名前に身を守る力として自国で鍛えた美しい剣を与えた。
エドガーの目には度々死の危険を孕みながらケフカを諌めたように見えた名前は、世界の崩壊を、人々の死を願うような人間ではないと思ったのだろう。
破壊の天使を慕う名前に人の命を奪う刃を与えたのは、すこしばかり無用心だと名前は思った。

暗闇の中、青みさえ帯びて煌く剣の柄の中心部で、ひときは目だって光る金色の石を撫でる。
それは、エドガーが剣を差し出したときに、彼に名前自身が頼んで埋め込んでもらった彼女自身の持ち物だった。
ケフカの消滅の瞬間、目を見開いてそれを見ていた名前の元に落ちてきた、光の一滴。
散り散りになって消えたケフカの一部。
それが、この金色の石だった。
おそらく、ケフカに注がれた大量の力の結晶なのだろう。
魔導の力の消えたこの世界の中で唯一、強い魔力の残り香を放つ石を、名前は愛しそうに見つめた。

その時だった。
低い地鳴り、揺れる足元。
名前の頬を掠める岩の粉の感触。
世界の崩壊に耐え抜いた坑道は、今この時崩れようとしていた。

「死ぬのか。」

焦るでもなく、悲嘆にくれるでもなく、名前は淡々と、そうつぶやいた。
今の名前にとって、死は悲しみでも恐怖でもなかった。
ケフカの元に誘ってくれる、安寧だった。

グラつく足元、鼓膜を直接圧迫するような低音、効かない視界ながらに感じる落ちてくる岩の姿。

「ケフカ。」

その言葉と共に、名前は落ちてくる岩の瓦礫に飲み込まれた。

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