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事の始まりは祓魔塾の候補生が受けていた実習の授業だった。
今回の授業は実習といっても実際に祓魔の現場に同行するのではなく、数千冊の蔵書を誇る正十字騎士團日本支部長――メフィスト・フェレスの私書庫の整理。
その実態は、おおよそ祓魔とは関係ない雑用、理不尽な理事長の使いぱしりである。
とはいえ、一回の候補生や塾教員が名誉騎士に文句を言うことも出来ず、書庫の主監修のもと候補生・教員総出で作業にあたっていたのである。

「雪男ー。こっちの本棚に本戻すからもってきてくれ。」
雑巾片手にそう振り向きざまに声を上げたのは悪魔の子だった。

「兄さん、ちゃんと拭いたとこ乾いてるの?」
返事をした少年はつかつかと呼び立てた人物の後ろまで歩み寄り、手元を除いて顔をしかめた。

「まだ乾いてないじゃない。
 湿ったままの棚には本を入れられないよ。」

「いいじゃねぇか、これくらい。」

「雪ちゃーん!こっちの高い棚の本降ろすの手伝って。」

几帳面な弟と大雑把な兄の間に流れる空気が一瞬ピリリとした瞬間、そこに割って飛び込んできた声は少女のもの。
呼び声に「まだ本戻さないでね。」と兄に釘をさして、弟は踵を返した。
去っていく弟と入れ替わるようにして、掃除もかねるこの作業には些か不向きに思われる真白な服を着た男は道化のような笑みを浮かべて「本は水分に弱いので、濡れた棚には絶対に本をしまわないように!」と語調を強くした。
その様子を一瞥して手を動かすことを再開したのは黒と金に髪を染め分けた少年で、その後ろで二人の少年も彼と同じく本の仕分け作業を行っていた。

普段日の差さない書庫のカーテンと窓をすべて開放して、積もりに積もった誇りをはたきと掃除機と雑巾で除去し、修繕の必要そうな本を選別していく。
大分作業が進んだ頃、古紙とインクと日の匂いが書庫を占めていた。
その懐かしささえ感じる空気にすんと鼻を鳴らした悪魔の子は「ココ以外にも3部屋も本置き場にしてるとかありえねぇ。」とポツリとつぶやいた。



丁度、その時だった。



穏やかな午後のひと時には似つかわしくない突風が部屋の中に吹き荒れ、作業をしていた者は皆反射的に顔を伏せた。
あまりの風圧にハードカバーの本さえ捲れてバラバラと紙の音があふれる。
誰が最初に顔を上げたのかはわからない。
だが、状況を把握しようと目を開けた者たち全員が見たのは、舞台にかかるような天幕だった。
錆青磁色のそれははためくことなどない。
質量を忘れてしまったかのようなその天幕は、まるで「天幕を撮影した写真を切り取った」かのようにそこに存在していた。
あまりに異常な光景に全員が反射的に身構える。

それを待っていたかのように「ある少女たち」は「結界」と呼ぶその天幕は開き――狂宴ははじまった。


そして時間は冒頭へと戻る。

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