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『死への渇望』の担い手は、あくまで人間の持つ「死のイメージ」でしかない。
現実に死を体験した英霊は、名前は、そのイメージを壊すことのできる現実を知っていた。
結局、それだけのことなのだ。

英霊を召喚するというシステムをもつ聖杯を使って、この時代に顕現しようとしていた担い手は消滅した。
「死そのもの」であるが故に、聖杯によって「黄泉返る」ことはできないという摂理を纏わせて名前が施した術式は、見事に成功したのだった。
担い手の消滅と共に閉じられた聖杯、そして解呪されていく聖杯光臨の術式。
土地とその霊脈に刻まれた魔術は、リボンを解くようにスルスルと解かれては消えていく。
それと同時に、その存在が薄れていくサーヴァント達の姿に、そのマスター達は顔をゆがめた。

わかっていたことであった。
けれど、その別れに耐え切れない年若い魔術師達は、己のパートナーに抱きついては泣いていた。
エーテルの体が透けて、その実体が失われようとするその瞬間でさえ、彼らはその腕から逃がすまいと、腕の力を強くする。
それに苦笑を零しながらも、やはり名残惜しさをぬぐいきれないサーヴァント達。
そして、大人の顔をしながら、やりきれない寂しさを感じている他のマスターやサーヴァントの姿を見て、ふと、名前はいいことを思いついたとばかりに、いつものように飄々とした笑顔を零した。

担い手との戦いによってボロボロで、魔力も底をつきかけているというその体が立ち上がったのを視界の端に収めて、誰もが名前を見つめた。
自身を見つめるその視線に一つ悪戯に笑って、名前は空を見上げて口を開いた。

「まんまと貴様らの思惑通りになったな。
 まったく、やられたよ。こうなることをわかって、私をわざわざ何度も転生させて、人間の肉体を与えたんだろう?」

凛とした名前の声は、雲ひとつ無い明けの空によく響いた。
そして、その問いかけの相手が、人間ではないことに気付いたのは、果たして何人いただろうか。

「タイム・パラドクスが起こるからな。
 いっそ英霊ではなく摂理や概念としてしまった方が早いだろう。」

その台詞に、ようやくその場に居た魔術に関わる者達全てが、名前の言葉の相手を知り、そして彼女のしようとしていることを悟った。
そして名前と同じく傷ついた、彼女の“敵”である男は、苦笑しながら名前の隣に立った。

「俺も一緒にいくよ。
 結局俺は未来でも“英雄になりきれなかった英雄”だ。いっそ全て無かったことになって、普通に生きて死ぬよりも、こうして“英雄”らしくなった方が、俺を英雄たらしめた皆のためになる。」

「自己犠牲か?」

「ちがう、俺のプライドの問題だ。」

そう言われてしまえば、何もいえなくなってしまう。もう還れないことをわかっていながら、屈託なく笑う男にため息を零して、名前は「好きにしろ」とそう言った。

「やめろ!その先は言ってはいけない。」

珍しく声を荒げたアーチャーの叫びに、名前は一つ笑って小さく「ありがとう」と紡いだ。そして少し困った顔をして、しかし声高らかに、彼女は“その時”のエミヤシロウと同じ言葉を紡いだ。


「契約しよう。私達の全てを預ける。その報酬を、ここに貰い受けたい。」


その言葉と共に、名前と男を中心として、暴力的なまでの魔力の渦が巻き起こった。
それは魔術師の認識を遥か越える程のものであり、その場に居た魔術師達は皆、それが世界という存在ではなくその根幹たる“根源の渦”によるものであると、察知していた。

男と、名前という人とも化け物ともつかぬ存在から、その力を、記憶を、男が“英雄”たる全て、名前が名前たる全ての概念を抜き去って、それらを無造作に一纏めにする。
「『死』の担い手を消し去るナニカの根源」とも言うべきそれは、光の粒となってこの数多に分岐した世界の全ての枝に、遥かな太古に、いつとも知れぬ未来に降り注ぐ。
それは世界という概念に組み込まれ、不変の摂理として機能する。

『死への渇望』の担い手が生まれるとき、その誕生と同時にそれを消滅させる力――すなわち、『死への渇望』の担い手は生まれないという真理の誕生である。

それと同時に名前達にとっては過去にあたる未来に遡り、担い手は誕生せずに彼女達の未来において担い手による人類の滅亡は防がれることとなる。



「お前達は過去に遡って、その存在を全て昇華して真理となる。故にお前達という人間は存在しなかったことになる・・・それで本当に良いのかね。」
言峰の問いに曖昧に笑って、名前は口を開いた。

「わかってやったことだ。

 それに、私達の時代で少なくとも担い手が好き勝手できないならば、もう少し長く人間だって生き続けるだろうさ。
 そして私がこの時代で経験した数多の人生は変わった。

 ・・・私の知らない未来を生きてくれる、それだけで私は満足だ。」

「こいつ一人にはしないさ。俺も一緒に居るんだから。」

酷く優しく微笑んだ名前の肩に手を置いて、“人類最後の英雄”はそう言った。
その言葉の後、一瞬の刹那――名前たちの姿は消えていた。
最初から誰も居なかったかのように、名前のミリタリーブーツの跡さえ残らぬ柔らかな土に、その存在が完全に消えたことを誰もが悟った。
そして名前達の契約の対価として受肉したサーヴァント達は、己の手を見つめて2度目の生をどう生きるか、そんな未来に思いを馳せた。

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