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第5次聖杯戦争が行われたこの時代より、遥か未来。
人口増加によって星はゆっくりと――だが確実に蝕まれ、人類と星との生命のバランスが今にも崩れそうなその時代を見計らったかのように、世界の人口は最盛期のたった数パーセントまで減少した。
一人の女の手によって行われた大量虐殺が、星を救い、人類を滅ぼした。

女は、人工的に“守護者”たれと作られた存在だった。
過去に存在した優秀な魔術師の魔術回路さえ復元できるほどの科学力が、それを可能にした。
復元された回路をたった一人の人間に、何度も何度も、何百何千という魔術師のそれを埋め込んだ。そうして生まれた人間の姿をした魔法使いさえも凌駕した化け物は、その作られた目的ゆえか、それから起こりうる未来ゆえか、星にも霊長にも殺されること無く成長することとなる。

“人間を律し、星と霊長の均衡を保つ者”として、あらゆる科学知識も魔術知識も詰め込んだその女は、人として生きながらも人に成りきれずに、長い長い時を生きた。
老いも成長も知らない体と、その身に抱え込む膨大な魔力に、いっそ消滅したいほどの苦痛を感じることはあれど、彼女は自身が生まれた理由――人々の祈りが彼女の心を支え続けた。
祈りから生まれた化け物は、それ故にいっそ神性さえ身につけて、ただただ人にまぎれて生きて、自身がその力を使う日を待った。


そして、その日は唐突に訪れた。
いや、その序章は何年も何十年も何百年も前に始まっていたという方が正しい。
ある魔術師曰く、人間の集合無意識によって生まれる『意思』は「世界」として人間を律するらしい。
その意思は人間の本能――生存本能による部分が大きく、故に人類の滅びの危機があれば、世界は抑止力を発動させる。

だが、人間の世界の崩壊の数年前から、その集合無意識に『死への渇望』が生まれ始めたのだ。
人間という種が増えすぎた代償か、その膨大で広大になりすぎた“人のコミュニティ”に疲れた人々の無意識の中に、本能を凌駕するほどの「死」という“コミュニティ”からの解放への欲望が生まれ始めた。
そして、それは生存本能を食い潰し、大きくなり続け、そして一つの『死への渇望』の担い手を生み出した。

人間がイメージしうる全ての死そのもの。
最初こそ形の無かったソレは、女と出合ったその時に、女の記憶から少女という形を獲得した。
最早正しく機能しない霊長の守護者に代わり、『死への渇望』の担い手を消滅させようと、それが己の生まれた意味であり使命だと、そう思った女だが、如何な化け物とて「死そのもの」に打ち勝ち、それを消滅させることはできなかった。
化け物である女だとて「生きている」からだ。
「死」というもの、そのものを知らない、体験したことのない女には「死そのもの」というイメージさえ壊すことはできなかった。
故に、女は担い手のそもそもの存在原因である『死への渇望』を消滅させようと考えた。
つまり、集合無意識に影響を与える『死への渇望』を抱く人間の一掃である。

女は、その祈りから自身を生み出した人間が大好きだった。
そして彼女自身も人として人の中で生きてきた、故に一人一人殺すたびに何度も何度も泣きながら、それでも己にこめられた祈りを、使命を果たそうと殺し続けた。
殺して殺してようやく担い手が弱体化した時、女は自身が人類の敵となっていることに気付いた。
そして、世界は女に抑止力――守護者を差し向けることとなる。
人間では手に余る女には、何度も何度も座に居た過去の英雄が召喚されては刃を向けたが、女自身に込められた祈りと女が殺してきた人間の畏怖と怨嗟によって、女は世界によらない“反英雄”となっていた。
人類そのものが減り、更に『死への渇望』によって力を失った霊長の“生存本能”による守護者では、最早女は止められなかった。
何度も世界に殺されそうになりながら、女は担い手を消滅させるべくいっそ間引きともいえる殺戮を繰り返した。
そうしてたった一握り残された人間の中で、人類の敵を倒すべく立ち上がった少年がいた。
その『生への渇望』は力強く、女はその少年に希望を見出した。
少年が青年になり、ひとりの男となるほどの年月を、その男との戦いに費やした。そして、その男の『生への渇望』に感化されたのか、生き残った人々の無意識に『死』という文字は消え去った。



「女は担い手の消滅を確認すると、男との最後の戦いで、自ら男の銃弾を浴びて死んじゃいました。
 やろうと思えば肉体を再生して生き続けることもできたけど、女は自分の存在はもういらないって思ったのです。

 男は晴れて“人類の敵”を殺した英雄になりましたが、人々は平穏な生活を取り戻すと同時に、家族を、友人を、恋人を失った人のことを思い出して、自分も死んでしまいたいと思うようになりました。
 そうした思いを糧に担い手は復活して、担い手によって結局人間はみーんな死んじゃいましたとさ。」

自身を一度消滅させるまでに追いやった女――名前を踏みつけながらそう御伽噺を締めくくった少女――『死への渇望』の担い手は、ケタケタと笑い始めた。
肉体を再生させるも、その再生も追いつかないほどの速さと威力で踏みつけられる名前を見て、少女を見て、男――“人類最後の英雄”は蒼白としながら、涙を流したのだった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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