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ロード・エルメロイU世の名を名乗るようになってから・・・いや、それよりずっと前からかもしれない。 ずっとこの冬木の聖杯戦争を本当の意味で終わらせようと思っていた。 そのために時計塔の資料庫をひっくり返し、研究に明け暮れた。 それ故に、自分の命が狙われていたことを知ったのは、つい最近の話だ。
第5次聖杯戦争の幕引きとなるはずだったあの日、時計塔の研究室で眩暈を感じた直後には大聖杯の『穴』の前に立っていたのだから驚いた。 しかも少し先には前回の聖杯戦争で亡くなったはずの師、隣には遠いあの日に消えたはずの征服王が立っていたのだから。 ウェイバーの面影など今や殆ど残っていない己を見て「随分でかくなったな」と成長期に伸びた自身より尚背の高い彼の手で、頭を乱暴になでられた。 この奇跡が全て未来の魔術師――否、最早封印指定などでは済まない未来の“魔法使い”である名前の起こした“魔法”であることを知ったのはそれから後のことだ。
薄々勘付いていた“聖杯の正体”を問えば、名前はあっさりと答えた。 そしてそこに潜む“悪意無き悪”――アンリ・マユのことさえも。 冬木の聖杯の正体を知る教会と協会の思惑を思えば、自分の考えていることへの障害がそれほど多いか容易に想像できて頭痛と胃の痛みを感じずにはいられなかったが、名前はただ笑った。
「今、冬木の聖杯には人類の危機ともいえるくらいの異常事態が起きている。 その解決のために聖杯を閉じたとでも言えば、大義名分にはなるだろう。」
自身と、銃を持った“人類最後の英雄”を指して言った名前の言葉に、ロード・エルメロイU世は一人の魔術師として、こくりとうなずいたのだった。 聖杯の正体を知り、故に冬木の聖杯での根源の渦への到達は難しいと考えた魔術師達、もとより聖杯を良く思わない魔術師達もロード・エルメロイU世の企みに乗ることとなったのはいっそ自然な流れであった。 そしてその日から、大聖杯の『穴』のある柳洞寺の周りに結界が張られたために、誰もが聖杯に近づくことは出来なくなった。 それと同時に、聖杯戦争の参加者への刺客――人ならざる者が現れるようになる。 その刺客の出現を予測していたように、名前はただ「聖杯を壊されては困るのさ、あいつらは」と、そう告げただけだった。
魔術と関わりの無い冬木の人々は名前の大規模すぎる暗示によって柳洞寺の異変には気づいていないようだった。 その頃から、ロード・エルメロイU世は名前が規格外の魔術師――魔法使いと呼ばれる存在であることに気付いていた。 自分達へと向けられた刺客は魔力と人骨で作られた人形や、時にはどこからか召喚されたであろう食屍鬼であったこともあった。 それらは人には持ちえぬ身体能力と宝具を持つサーヴァント達の手で葬られていたが、そこに名前の手もあったことを、おそらく魔術師を名乗るマスター達ならば忘れられないだろう。 サーヴァントとして召喚されず、人間の肉体に捕らわれていようとも、想像を遥かに超えた魔術と魔力を持つ彼女が英霊として聖杯戦争に召喚されなかったことを心から安堵したのは自分だけではあるまい。 ギルガメッシュも大概だが、いっそそれすら凌駕するチート加減に呆れて「ファック」としか口をついてでてこなかった。 そんな相手にも「あのお嬢ちゃんとなら野望の達成も近いな」などと10年前と変わらず豪快に笑う“王”の姿に呆れながら、心のどこかに宿った懐かしさと暖かさに、ウェイバーは珍しく口元が緩んだのを感じた。 [*prev] [next#]4/8
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