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ブリッツスタジアム



名前は、目覚めた。

それは唐突で、有無も言わさぬ瞬時の出来事。
閉ざされていた五感が、一気に開く瞬間。

名前は、悲哀に叫ぶ魔物の声を聞いていた。

意識が覚醒したその時、名前の目に飛び込んできたのは見たことも無い光景だった。

黄土色を放つ幾段にも重なった客席が広がり、その全ての視線が向かうのは宙に浮いた巨大な水の塊。
名前は、声すら出なかった。

重力を司る魔法を使わなければ、こんな大量の水を球の形に留めて浮かせる事など不可能だ。
だが、魔法を使ったとしてもこの量は異常だった。
名前の目はすぐさま魔導師の姿を探して視線を走らせる。
だが、それよりも早く、名前の視界を黒い影が遮った。


――そこには、口をあけて牙を向ける鳥形のモンスターの姿


名前はそこで初めて、自身の置かれた状況を正確に把握した。
逃げ惑う人々の悲鳴が、肉を裂く音が、逃げ回る足音が、ようやく名前の耳にたどり着いた。


「何故このような事になったのかは、ほとほと謎だが・・・・戦わぬわけには、いかないらしい。」


ため息混じりのその言葉と共に、名前は剣を引き抜いた。
瞬間、名前を取り巻く殺気に気付いたのか、魔物は名前目掛けてその嘴を突き立てるように急降下する。
だが、それすらも難なく避けると、名前は無防備な状態ですぐ脇を通り過ぎるその胴に刃をつきたてた。

地獄の門番の牙――そう呼ばれた赤い衣を纏う彼女の与える傷から赤い液体が飛び出ることを確信していた名前だったが、
その場所から出てきたのは、小さな虹色の発光体だった。
名前は驚いて、軽く飛んで間合いを取った。
その神秘的ながらも、何処か不気味な光が「自爆」の兆候なのかと思ったからだ。

だが、名前のそんな危惧も知らず、魔物はその身を光の粒に変えて消えてしまった。


信じられなかった。
名前の今まで相手にしてきた魔物たちは、全て人間のように赤い血を垂らして屍と化し、土に還るその時を待つというのに。
この、得体の知れない魔物――魔物というのかすらわからない存在――に、名前は一瞬身を強張らせる。

だが、その状況も長くは続かなかった。
名前の目に、一人の男の姿が映った。

血よりも明るい赤、紅蓮の衣を纏った男。
大剣――バスターソードを片手で担いだ男。


「・・・アー、ロン。」


何故か、名前は名前を知っていた。
いや、何故かなど、とうに名前はわかっていた。


それは、まだ「優しい彼」が名前の傍にいた時。
彼女に聞かせた、寝物語。


赤い男に迫るいくつもの魔物の爪、牙。
それを軽くいなす、玄人の姿。


目の前に広がる金色のスタジアムの正体も、美しい球を描くスフィアプールも、名前は知っていた。


その、炎と見まごう背に、爪を振り下ろす蝙蝠と鷹を掛け合わせたような魔物。
それに気付かぬ男。

倒された魔物から現れる発光体の正体も、目の前にいるアーロンのことも、名前は知っていた。

駆ける名前。
それは、番犬の、獣の神速。

名前は、この過去と現在と未来とを知っていた。


振り向く男。
その目前に迫る爪。
だが、爪がアーロンに触れる前に、それを持つ体は地へと叩きつけられた。
瞬間、眩しいくらいに漂う幻光虫の姿。

名前は、血すらついていなかった刃を、いつものように横に薙いで血を払う仕草をした。





「ねぇ、ケフカ。また、あの話を聞かせて。」

博識で、様々な国の御伽噺すら暗唱してみせるケフカに、名前が話を強請るのは、もう日課であった。

「そうですね。前回は何処まで話していましたか。」

ゆるりと、柔らかく微笑む表情は、声にも滲み出ていた。

「えーっとね、召喚士がグアドサラムって所で老師に結婚を申し込まれた所。」

「あぁ、そこでしたか。」

元気良く答える名前にそう答えると、ケフカは前回話した召喚士達の旅の続きを、その口から紡いだ。



名前の世界に昔から伝わる物語。
あまりにその起源が古すぎて、今では学者か物好きしか知らない話。

ケフカはその物語を



「ファイナル ファンタジー」


――終焉の物語、と、そう呼んでいた。

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