06


今日の冨岡は朝方帰ってきた。
共に朝食を食べ、今は仮眠をとっている。どうやら夜から他の柱と合同の任務らしい。

冨岡が寝ているうちに洗濯と持っていくお弁当の仕込みを終わらし、玄関の掃き掃除に励んでいた名前に近隣に住んでいる年配夫婦が声をかけてきた。



「あら冨岡さん家の奥さん、おはよう」
「お、おはようございます…」



『冨岡の嫁』と呼ばれる様になって数日。
原因は先日倒れている冨岡を自宅まで運んだ、額に痣のある少年竈門炭治郎だ。

炭治郎に勘違いされてから、瞬く間に隊員内でこの噂は広まっていった。隊員に広まりきると次は隠にも広がり鬼殺隊の殆どが冨岡に嫁がいると言う噂を信じた。
そしてある日を皮切りに、蝶屋敷へ案内してくれる隠が名前の事を『奥様』と呼ぶ様になったのだ。それを聞いた近隣住民にもこの噂が広まり、それはもはや真実の事の様に扱われている。

この噂が広まり出した時に2人で話し合ったが、名前を狙っている鬼がいる事、稀血な事、しかも未来から来た事も考慮して変に否定して悪目立ちするのも危険ではないかと言う事で噂が消えるまで放っておこうとなったのだ。
なので現在もこの先も否定しなければ、肯定もしないのだが嘘をついている様で居た堪れない気持ちになる。



「そろそろ冨岡さん起こさないと」



玄関の掃除をそこそこで終わらせ、寝室で寝ている冨岡に声をかけに行く。
襖の前に座り、「失礼します」と一声かけてから入室する。布団の中で寝息を立てながらすやすや眠る冨岡。昨晩も散々動き回ったのだろう、帰って来た時は目の下にクマを作って青い顔をしていた。一眠りついたからか、大分顔に血色が戻ってきている。

気持ち良さそうに眠っているので起こすのも可哀想だが、仕事ならばしかたがない。
名前もよく早朝から実家の割烹の仕込みを手伝わされたが、それよりも父と他の料理人はもっと早くから仕込みを行なっていた。仕事とはそう言うものだ、自分が決めた仕事、それが好きな仕事とは限らなくとも責任が発生する。
どんなに辛くてもしんどくても行わなければならない。
ましてや鬼狩りならば、その日しんどいからと行って彼が任務に行かなければ、助かる命も助からないのだ。



「冨岡さん、起きて下さい」
「…姉さん?」
「違いますよ〜、任務行くんでしょう?」



冨岡はよく寝ぼけて名前の事を自分の姉と間違える。
最初のうちは似ているのかなと思い強く否定もしなかったが、最近はあっさり否定する事にしている。

今日は一段と眠りが深かったのか中々体を上げない冨岡を布団の上から揺らす。



「柱の方と任務ですよ、起きてください」
「…あと10分だけ」
「ご飯食べる時間なくなってもいいんですね」



せっかく昼間から天ぷらをあげようと思っていたのに。
今日は食欲より睡眠欲の方が優っている冨岡に、先ほどの揺りでずれた布団をかけ直す。
とんとんと2、3回優しく叩き、10分後にもう一度起こしに来ようと腰を上げたその時。



「姉さん待って、行かないで」



にゅっと伸びて来た手は名前の腰を捉えた。油断していた事もあり、力が入らないまま布団の中へ引きずり込まれる。



「と、冨岡さん!?」
「…」
「寝ぼけすぎですよ〜…」



布団の中は冨岡の体温でぽかぽかと暖かい、背中には冨岡がピタリとくっついておりそこからも人肌の体温が伝わる。名前まで睡魔に襲われてきた、これではミイラ狩りがミイラになってしまう。

しかし、夜はしっかり寝ている名前でも日が出る前に起きて帰ってくる冨岡のために食事を作り、そして今まで昼寝もせずに掃除や洗濯等の家事一般をこなしていたので眠たくなるのも仕方がない。
少しくらいならいいか、と布団の中が気持ち良すぎて思わず自分に甘くなってしまった。




一方、目を覚ました冨岡はパニックだった。
夢の中で姉が起こしにきたが中々起き上がられずにいると、何処かへ行こうとするので思わず掴んで布団の中に閉じ込めた。
しかしそれは夢ではなく現実で姉ではなく名前だった。

最近では『冨岡の嫁』と呼ばれているが、それは唯の噂で事実ではない。嫁入り前の彼女を布団の中に引きずり込み、抱きしめて眠っていたのだ。
しかも当の本人はすやすやと自分の腕の中で眠っているではないか。
自分に対して気を許しすぎではないか、男として見られていないのではと色んな黒い疑問が浮かぶ。

とりあえず起こしては可哀想だと枕にされている我が腕をそっと抜こうと試みる。反対の手で名前の頭を軽く持ち上げて、抜こうとしたが寝返りを打たれ今まで見えていなかった名前の顔がこちらに向いた。



「んん〜、あ、おはようございます」
「…おはよう?」
「お布団の中が気持ち良くて思わずうたた寝しちゃいました」



小さな口からあくびが溢れ、目を擦りながら起き上がる名前の姿は姉の凛とした姿ではなく、赤子の様な幼さが目立った。
少し着崩れた着物の襟を直し、先に起き上がっていた冨岡と向かい合う様に正座する。

名前は思っていたより冷静で且つ何事もなかったかの様に再び行動へ移す。
冨岡は未だにパニック状態で、辺りをキョロキョロしている。



「ご飯出来てますから、用意出来たら居間に来てくださいね」
「…わかった」



冨岡の寝室から出て、自分のテリトリーと言っても過言ではない炊事場へ足を進める。
手を綺麗に洗い、用意していた油を火にかける。食材に衣をつけて油の中に放り込むと、ちりちりと言う音と食欲をすする香ばしい匂いが立ち込めた時、ふと名前は我に帰った。


流石に男の布団に潜り込んで寝ているなんてはしたないくはないか?
寝ぼけて彼に引きずり込まれたが、その事を冨岡が覚えていないのであれば自分が丸で寝ている冨岡に擦り寄った風に思われていないだろうか?
様々な思考を思い巡らすうちに、顔に血が上って行くのがわかる。まるで油の中に顔を突っ込んだ様だ。
思わず菜箸を持ったまま、フラフラとその場にしゃがみ込み顔を手で覆った。


その日の昼食は、小麦色をした海老天や形が歪なかき揚げに沸騰手前の味噌汁。

それらは2人の心の乱れを表している様だった。





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