05


名前の朝は早い。
昨日の夕暮れ時に任務へ行った冨岡に朝食をつくらねばならないからだ。そんな手の込んだ物は作らないが、思いの外お腹を空かせて帰ってくるので量がいる。


「今日は泊まりの任務じゃないと思うんだけど…」


いつもなら扉が開く音と空腹を知らせる冨岡のお腹の音で帰宅が分かるのだが、今日はその合図がない。遅くてもお昼には帰ってくるが、今日に限ってお昼を過ぎても帰って来なかった。

泊まりがけの任務も今までに数回あり、その時は隠の人がやってきて蝶屋敷へ共に行き、朝方に冨岡が迎えにくるのだ。

どこかで倒れてたらどうしよう。
そんな不安も過ぎる、今彼がいなくなった名前は誰を頼れば良いのか…。やっと慣れてきたこの生活と水準を落としたくない。
そんな事を悶々と考えていると、扉が開く音が聞こえた。


「すみませ〜ん…」


扉の音を聞き、慌てて玄関の方へ向かうと青白い顔で痣のある少年に肩を借りて帰宅した冨岡がいた。
初めてみる少年に名前は警戒して息が引きつったが、それを察した冨岡が話し出した。


「…同じ鬼殺隊の竈門炭治郎だ、ここまで運んできてもらった」
「そっ、そうですか」
「すみません、もう限界なんで下ろしてもいいですか」


よろよろと玄関に冨岡を座らせ、炭治郎も隣に座ると同じタイミングで2人のお腹が悲鳴を上げた。
相変わらず冨岡は無表情だが、炭治郎は顔を真っ赤にして俯いている。


「運んできてくれたお礼にお昼食べて行って下さい」
「いいんですか、お邪魔なんじゃ…」


申し訳ない様な顔で炭治郎は冨岡を見るが、無表情で見つめ返され困っていた。
そんな彼と冨岡を奥の居間まで連れて行き、何時間前かに作った朝食を温め直しお膳に乗せ2人の前へ出す。


「おかわりも沢山ありますからね」
「うわー!いただきますっ!」


さっきまでの気まづさはどこへやら、炭治郎はご飯をかき込み始めた。冨岡も黙々と目の前におかれた食事を食べている。
2人の食べっぷりからよっぽどお腹を空かせて帰ってきた事がわかる、思わずおひつに入っているご飯の残量を心配した。


「そういえばどうして義勇さんはあんな所で倒れてたんですか?」


炭治郎が口いっぱいにご飯を詰め込みながら問いかける。
話によると水柱邸まで後100メートル付近で倒れ込んでいたらしい、そこを同じく任務終わりの炭治郎が見つけここまで運んで来てくれたのだ。

冨岡は変わらず無表情のまま、ご飯茶碗を名前に無言で突き出す。何も言わずそれを受け取り、おひつからご飯をよそい渡し返した。
冨岡はご飯を受け取り、言いづらそうな気まづそうな顔で卵焼きとご飯をかきこんだ。
その顔を見てはっと名前が声を上げる。


「もしかして、どこか怪我したんですか?!」
「…いや、無傷だ」
「じゃぁ、体調が悪いんですか!?」


体調不良であれば、こんな固形物を食べては悪化すると考えた名前は急いでお粥かうどんか消化の良いものを用意しようとお膳を下げようとする。
しかし、冨岡もまだまだ空腹で下げられては困る。慌てて下げようとする名前の手を掴み抵抗を試みた。


「取り上げたりしませんから、うどんかお粥かどちらがいいですか?」
「いや、そうではない」
「じゃあ、りんごをすり下ろしましょう!消化にもいいですし!」


りんごなんて腹の足しにもならない。
凄い力でお膳を掴む冨岡、どうして返してくれないのか疑問を浮かばせる名前。
根負けしたのは名前の方で、諦めてお膳から手を離すと冨岡も安心した様に座布団に腰を下ろす。


「…心配したんですから」
「名前さん…」
「帰って来なかったらどうしようって、不安で…」


数える程しか一緒にいないが、それでもこの世界へやってきて唯一頼れる存在は冨岡しかいない。
無口で無愛想だが、不安な時は側にいて安心させてくれる。そんな彼がいなくなって、今度こそ1人になる様な気がした。
思いの外名前は思いつめていた様で、大きな目には涙が溜まる。

それを見た炭治郎はどうにか悲しい気持ちにさせまいと頭を回転させたが、それよりも冨岡から醸し出される焦りの匂いに驚いた。
表情まったく変化が見られないが、凄く焦っている。やってしまった、泣かせてしまった後悔の念が匂いになって炭治郎へびしびしと伝わるのだ。


「冨岡さん、言葉で伝えないと伝わらないですよ」
「…」


思わぬ炭治郎の言葉にはっとする冨岡。
胡蝶にも言葉足らずだと言われたのを思い出す、元々感情を表に出すのが苦手な冨岡だが今はそう言っていられない。
冨岡も冷静沈着な鬼殺隊の剣士だが、一女性の涙には滅法弱いのだ。ましてや姉に似ている彼女の悲しむ姿などこれから先も見たくない。


「腹が減って途中で倒れてしまった」
「「えっ?」」


どうも、今朝まで飲まず食わずで鬼狩りをしており帰宅途中で力尽きたそうだ。
名前が自宅にやってくるまで、それ程食への関心やこだわりがなかった冨岡だがここ最近餌付けされる事で食べないと持たない体になってしまったようだ。


「確かに夕食は軽食ですもんね」


鬼狩りは夕暮れ時に出て行く。鬼が夜にしか活動しないからだ。
今から仕事に行く者に腹一杯食べさせては、動けないだろうといつもあまり重くない物を用意する。

 
「じゃぁ、これからはお弁当を作って渡します!」
「弁当…」
「立ってでも食べれる物を渡すのでご心配なく!」


また何処かで倒れて、敵にやられても大変だ。
手軽に食べられる物を考えながら意気込む名前に対して、弁当が嬉しいのか目をキラキラさせる冨岡。
その様子を見ていた炭治郎は思わず声をかける。


「義勇さん夫婦は仲が良いんですね」


夫婦とは誰の事だ?と2人の頭にははてなが浮かんだ。

否定する暇もなく炭治郎は「ごちそうさまでした、また来ます!」と近くに置いていた木箱を背負い水柱邸を出て行った。





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