04


朝方、任務から帰宅すると炊事場からもくもくと白い湯気が出ているのは1週間前からだ。

1週間の習慣付けというのは凄まじく出汁の匂いや、風景を見ただけで空腹感が増しまるで犬の様に生唾が溢れ出す。

自宅に入り自身の部屋へ行くまでにある炊事場を覗くと、名前がパタパタと忙しそうにそこを走り回っていた。
こちらに気づくとニコっと微笑み、そこから義勇に声をかける。


「おかえりなさい、今朝ごはんにしますね」
「…あぁ」


どうして名前が水柱邸で生活しているかと言うと、義勇が習慣付けされる1週間前に戻る。





病室で抱きしめられ、泣くだけ泣いた名前の所に1人の女性が現れた。


「冨岡さぁーん、これはどういう事態でしょうか?」


どうもこの男は冨岡と言うらしい。
抱きしめられたまま顔を上げると、しまったと言うような表情で何やら一点を見つめている。
彼の向こう側にいる声の主をがっしりした腕の間から見ると、女優にもなれそうな程顔の整った小柄な女性が立っていた。

その女性は床に散乱した水羊羹を指差し、額には青筋が浮き出ている。
その後雑巾を持ってきた女の子達が、いそいそと掃除する姿があった。

胡蝶と言うその美しい女性は冨岡さんの隣に椅子を置き腰掛け、一息ついて話し出した。


「1ヶ月程眠っていたんですよ」


未だに混乱する頭ではその言葉が中々理解出来なかったが、意識のないままこの世界で1ヶ月も過ごしてのかと思うとぞっとした。

何処から来たのか、どうやって来たのか、私は何者なのか、色々聞かれたが起きたての頭でははっきり覚え出す事が出来ず、何とか自分の名前とこちらに来る前の微かな記憶を2人に話した。


「多分その影は鬼だろう」
「何かもっと思い出せる事はありませんか、何か話していたとか」


何かを話していたが思い出せない、それどころか何かで堰き止められていた水が決壊したかの様に断片的な記憶が溢れ出てきた。

女の子の首が飛ぶ瞬間、噴水の様に飛ぶ血液、肉が抉られて何処の部位なのか分からない肉片。あの男の私を見つめる目玉。

胃から内容物が上がってくるのが分かる、慌てて口を手で押さえるが喉元まで上がってきており嗚咽が止まらない。
その様子をみた胡蝶さんが近くにあった桶を私に渡し、背中を優しくさすってくれた。


「また何か思い出したらお話しして貰えますか、今日はこのへんでやめておきましょう」
「…はい」
「体調が悪かったり何かあったら屋敷の者を呼んでくださいね」


胡蝶さんが優しく微笑みかける。
何故か凄くいたたまれない気持ちになり、おもわず顔を逸らしてしまった。
2人が病室を出ていく時、慌てて今の年号を聞く。


「今は大正です」


建物の感じや皆の服装を見ていたので、現代ではないんだろうと思っていたがまさかだった。
違う土地に飛ばされたのならば帰り方はあっただろう、時代を戻るにはどうすれば良いのだ。
信じられない程の不安が私に重くのしかかる、またもや嗚咽が始まり桶に顔を突っ込んだ。


それから、忘れていた記憶の断片が頻繁に脳裏を過りパニックになった。
相当なトラウマになっていた様で、小さな女の子、男性が近づくと鼓動が速くなり過呼吸や嘔吐が続く。

酷い時は廊下ですれ違った男性があの時の化物と被り、うまく息が吸えず酸欠で倒れた事もあった。
気がつくと自分のベッドでいつもそこまで運んでくれるのはあの冨岡と言う男。何故か彼だけには普通に会話ができ、現代から来た事や家の事、母の事を話した。


「一緒に住まないか」


ある時、胡蝶さんと冨岡さんが2人で現れ開口一番に彼がそう言い出した。
胡蝶さんは笑って冨岡さんを見つめていたが、やはり額には青筋が入っており中々の威力で冨岡さんの後頭部を叩いた。


「相変わらず言葉足らずですね、そんなんだから嫌われるんですよ」
「…俺は嫌われてない」


唖然としていると、冨岡さんの替わりに胡蝶さんが話をし始めた。
まず、2人が所属している鬼殺隊について、そしてこの蝶屋敷はその鬼殺隊員の医療施設であり、鬼についての研究施設でもある事。

あの男が言っていた『稀血』の説明、私はその『稀血』を持っていて、それらの中でも希少な血である事。その私の血を調べさせて欲しいと胡蝶さんが頭を下げた。


「しかし、先ほども言った通り医療施設でもあるので沢山の人が出入りします、名前さんの様子からしてここにいても病状はよくならないでしょう」


その通り、男性とすれ違っただけで過呼吸を起こし失神するのだ。
かと言って軟禁されても困る、蝶屋敷でしばらく過ごしたが皆良い人ばかりでそんな事する様には思えない。


「だから、俺と住まないか」
「それが言葉足らずなんですよ、結論から言うと冨岡さんは名前さんのトラウマの対象外なので体調が良くなるまで水柱邸で過ごしてはいかがですか?」


水柱邸とは冨岡さんの自宅らしい。
その後、「柱」の説明もあり2人が中々凄い人だと言うのも知った。

よくも知らない男の家に転がり込むのもどうなのかと疑念も浮かんだが、それよりもここが医療施設であり他にも怪我を負い運ばれてくる隊員もいる中で、もうとっくの昔に体は元気になっている私が、この病室を占領していて良い理由にはならない。


「冨岡さんのお家でお世話になります」


冨岡さんは嬉しそうに私を見つめる。
その姿が小さい時に飼っていたポメラニアンに似ていて、吹き出しそうになった。

そして胡蝶さんに生活用品を揃えて貰い、水柱邸に移住して1週間たった。好きに使っていいと言われた炊事場で今日も朝食をつくる。
未だ夜は冷え込み朝も霜が降りている、味噌汁を温めなおしている時に冨岡さんが帰ってきた。

御膳に焼いた鮭と卵焼き、ご飯に味噌汁を置き2人で食べる。

それが私の習慣になった。





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