03


その日はとても寒い日だった。
鬼が出ると鎹烏から報告を受けて3日、冨岡義勇はこの街に潜伏しているがまったく尻尾を出さない。
向こうも鬼狩りが潜伏しているのを察しているのか、それともこれが向こうのやり方なのか。

しかし、今日は違った。
潜伏して初めて禍々しい雰囲気を感じ、その周辺を探索していると一風変わった洋装の女とずっと探していた鬼がいた。
女は髪の毛を引っ張られ、抵抗しているがそれも虚しくズルズルと扉に近づいていく。


「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」


それまでいた民家の屋根を強く蹴り、その女を鬼から奪還する。
まだ息があるのか確認の為、乱れた長い髪から顔を確認すると女も虚な目で自分を見つめていた。

その顔は死んだ姉とそっくりだった。

一瞬息を呑み、中々目が離せなかったが鬼から凄まじい威圧を感じそちらに顔を戻す。
鬼は女を取られてご立腹の様で、目をつり上げて怒りを露わにしている。


『そいつを返して貰おうか』
「返せと言われて返すやつがいるか」


鬼は額に青筋を立て怒りで顔を痙攣らせると、手を地面につけた。その瞬間地面が大きく揺れ、自分と鬼の立ち位置が変わっていた。
先程腕の中にいた彼女は、もちろん鬼の腕の中にいる。

気を失っているのだろう彼女は鬼の腕の中でぴくりとも動かない。
その姿が襖を開けた時に見た姉の死体と被り、鼓動が速くなるのを感じる。


「何故その女に拘る」
『決まっているだろう、稀血だからだ』


鬼は彼女の首を掴み持ち上げると、長い髪の毛から伝って垂れている血をべろりと舐め上げた。


我が姉とは違うといくら頭に言い聞かせても、顔が似ている分姉にしか見えず、痛ぶられているのが許せない。
頭に血が上るのを感じ、呼吸も荒くなる。
いくら冷静になろうとも身体や頭がそうさせてくれず、その舌が彼女に触れる前に一歩を踏み出してしまった。

鬼と彼女の距離はゼロに近く、怒りに身を任せ刃を鬼の首に振りかざしてしまうと彼女諸共切ってしまう。

鬼まで後数メートルとなった時、鬼が悲鳴を上げた。

彼女を舐めたその舌は、焼かれたかの様にただれ煙を上げて溶け出したのだ。
鬼は驚き彼女を手から離し、義勇は地面に落ちる前に彼女を拾い上げそのまま鬼の首に刃を振るう。

鬼の首は地面を転がり、そのまま灰となって消えていった。


その後、隠の連中が到着し後始末が始まる。
鬼が使っていた民家の中には女性の死体しかなく、畳も壁も赤く染まりみるも無惨な風貌だったらしい。
気を失ってはいるが息がある彼女を抱えていると、1人の隠が義勇に声をかけた。


「水柱様、そちらは一般の方ですか?」
「…そうだ」
「もし外傷だけでしたら、1番近くの病院へ私が運んで参りますが…」


政府非公認の組織である鬼滅隊。
血鬼術を受け特別な医療を必要とする者以外は、一般の病院へ運ぶ。
だが、先程の鬼の様子や彼女の見慣れない洋装からして一般市民ではない事がわかった。
自分の鎹烏が近くにいない事からも、この事はお館様の耳には入っているだろう。

その事を踏まえて隠にこのまま蝶屋敷へ連れて行くと返答した。




その後、お館様に呼ばれ詳しく話を聞かれた。
蝶屋敷に運ばれた彼女の意識は未だに戻っておらず、胡蝶曰く外傷はそれ程深い物ではないがストレスからの昏睡状態だと言う。

身につけていた物から何者かを調べようとしたが、見たことない物ばかりで余計混乱し、結果的に本人から事情を聞く事になった。


「義勇、手の空いた時でいいから様子を見に行くように」
「…御意」


他の柱達は何故義勇に頼むのか不思議がったが、お館様は義勇が1番心配している事を知りわざと託したのだ。

それから暫く、手が空けば見舞いに行った。




そして今日、任務終わりに和菓子屋に立ち寄り蝶屋敷へ向かう。季節外れの水羊羹か売っており、珍しさで手にとってしまったのだ。
夏の縁側、姉と2人で冷やして食べた記憶が蘇る。

病室の扉を少し開くと啜り泣く声が聞こえた。
先日まで死んだように寝ていた彼女がベッドの上で、泣いている。
誰にも聞こえぬ様に声を押し殺して泣いている姿は、とても儚く寂しげで掴んでおかないと何処かへ消えてしまいそうだ。
気づいた時には啜り泣く彼女を抱きしめていた。


「だっ、誰!?」
「…」
「離してっ!!」


腕の中で暴れる彼女、だが日頃鬼を相手している義勇からしたら可愛い物だった。
抵抗していた彼女も足掻いても無駄だと分かったのか暴れるのを辞めた。


「…俺しかいない」
「えっ…」
「気が晴れるまで泣くと良い」


そう義勇は声をかけ、ぎゅっと力を込めて抱きしめ直した。外に彼女の声が漏れぬ様に。


名前もいきなり知らぬ人に抱きしめられて戸惑ったが、寂しい時の人肌には耐えられず大声を出して泣いてしまった。
ここはどこなのだろう、この人は誰なのだろう、これからどうすれば良いのだろう、様々な不安が涙となって出ていくのがわかる。
ただ今はこの人の暖かさが心地よく、全てを受け入れてくれる水の中にいる様で縋っていたかった。





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