01


とんとんとん…と小刻みに響く包丁の音。
魚、野菜、出汁、薬味が混ざった匂い。
忙しなく動き続ける和柄と白の割烹着。

私の居場所だった。

大学が終わり暖簾がかけられる前の入り口を入ると、バタバタと従業員や料理人達が走り回っていた。普段と変わらないがどことなく忙しない。
どうも予約していたお客様の人数が急遽5名増えたそうだ。用意していた食材では足らず慌てて調達している所らしい。

自分も着物に着替えて仕事につこうとした時、お通しに出す揚げ出し豆腐の豆腐が足らないと弟が父に声をかけた。
周りは皆和装に着替えおり、素早く動けそうな者はいなかった。1つ溜息を吐き、イラついている弟と変わらず無口な父に向かって言った。

「すぐそこだから豆腐買ってくるね」

帰って来たばかりで上着も脱いでなかったため、そのまま勝手口から外へ出ようとした。
そんな私の肩を慌てて弟は掴み、外へ出るのを止めた。

「俺が行くよ、姉ちゃん。もうすぐ日が暮れる」
「仕込みも終わってないんでしょ、自転車で行くから日が落ちるまでには帰ってこれるよ」

私が母と同じく見えてはいけない者が見える事を知っている弟は嫌そうな顔をした。
せっかく母に似て綺麗な顔をしているのに、最近は不機嫌な表情しか見せてくれない。 
それに仕込みも終わってないのがご名答だった様で、口をもごもごさせながらも私の肩から手を離した。

勝手口から出てすぐの自転車置き場に行くと、誰かの悪戯か前輪後輪ともパンクさせられていた。日暮れが近い、やはり弟に行ってもらおうか、そんな考えが脳裏に浮かんだがまた戻って声をかけにいくのも面倒だ。

道路側に目線をやり、足を前に一歩踏み出したその時だった。
左足首に激痛が走りそのまま前に倒れ込んだ。
足元をみると、10年前母の背中にいたあの黒い影の鬼がニタっと笑っている。

『この日をどれだけ待ち浴びたか、100年を超えてもその藤の匂いは俺を苦しめる』

ズルズルと地面に引き摺り込まれる左足。
なんとか這い上がろうと暴れて抵抗してみるものの、その倍以上の力で沈めようとしてくる。

『俺をこんな亡霊にしたお前ら一族を許さない、末裔のお前を絶対に食ってやる』

ぶつぶつそんな独り言を唱えながら私の身体を沈めていく。あっという間に溝落ち、肩、顔順々に沈んでいった。
地面の中は沼のように濁り辺りは何も見えない、口に溜めていた空気が大きな水泡となって出て行く。
空気は身体から出て行くのみで、どんどん苦しく辛い。
ぼうっとする意識の中でまた声が聞こえる。


『俺が食う、亡霊でない鬼の俺が』





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