16



冨岡さんは次の朝には迎えに来なかった。
早朝には着物も着替え、荷物もまとめて帰宅の準備は万端だった。
しかし待てど暮らせど彼が帰ってくる様子はなく、一人で帰るわけもいかず蝶屋敷の縁側で遠くを見つめていると冨岡さんの鎹烏がやって来た。夕方の話だった。


『帰宅の目処立たず、折行って連絡する』


烏は淡々とそれだけ告げてもう一度飛び立つ。
彼は怪我をしたのか、それとも未だに鬼を追っているのか。何も分からず、慣れ親しんだあの家にも帰れず途方に暮れる。
そして、胡蝶さんもその日以来蝶屋敷に帰宅していない。現在も2人でいるのだろう。

心に黒い染みが出来る、そんな自分が嫌でその日は早めに眠りについた。





その次の日、また次の日も彼らは帰らなかった。そしてあの日から気づけば1週間が経とうとしている。

夕方頃、いつも烏から連絡が入るが内容は初日と同じ。その連絡を受け、2日目までは落ち込んでいたが3日目になると落ち込んでいても仕方がない事に気づき、居候させて貰っている分働こうと思った。忙しいほうがその事に悩まずに済むから。



それに、療養していた炭治郎君のお友達と仲良くなった。黄色い髪色で少し煩い善逸君と猪のお頭をかぶっている伊之助君。
そして現在、蝶屋敷生活に慣れて来た私は、洗い終わった各部屋のシーツを桶にいれ物干し竿が置いてある中庭へ運んでいる最中だ。

澄み切った空は春の訪れを私に知らせてくれている、現代からこちらへ来たのが真冬で今は春。中々の時間をこちらで過ごした。
洗濯機等はなく、高校時代に歴史の教科書でみた洗濯板で洗濯を行うのにも慣れてしまった。

真っ白のシーツが青い空に舞う、白と青のコントラストに清々しさを感じているとその隙間から黄色いたんぽぽが姿を現した。




「名前ちゃぁああん!!!」
「きゃっ!」




いきなり現れて私の背に隠れるそれは、たんぽぽではなく声色からして善逸君だろう。肩に乗せている手はガタガタと震えている。
どうしたのかと慌てて後ろに顔を向けると、目からは涙、鼻からは鼻水が滝の様に流れていた。
その顔にぎょっと目が見開いたが、今日もこの時間がやってきたのかとため息をひとつついてしまった。




「善逸さん!病室へお戻り下さい!!」




シーツから善逸君と同じ様に顔を出したのは、しのぶさんと同じ蝶の髪飾りを両側につけたアオイちゃん。
2人は私を挟んで睨み合っている、いや、蛇に睨まれたカエルとはこの事を言うのかもしれない。自分の背中に隠れている善逸君はガタガタと震え、目の前のアオイちゃんは鼻息荒くいつも綺麗にしている髪の毛が逆立っている様に見える。

任務で軽度の怪我を負った善逸君に薬を飲ませたいアオイちゃんと苦い薬を絶対飲みたくない善逸君の攻防戦は、私が来る前かららしい。
熱が下がった次の日にこの攻防戦を目にし、その時まだ療養中だった炭治郎君が状況を教えてくれた。




「名前ちゃん助けてよぉお!!」
「んー、でも飲まなきゃ治らないんでしょ?」
「でもさぁ、でもさぁ!!苦いんだよ!?」
「苦くても皆さん飲まれてるんです!善逸さんだけですよ!!」



ふと、割烹で働いていた人の子ども達を思い出す。夏休みになると学校が休みになり、その人が仕事中は私と弟がその子ども達の面倒をみていたのだ。
無邪気に笑って幸せそうな子ども達がやけに羨ましく、妬ましい気持ちになったのを覚えている。


それでも私の中ではいい思い出で、かけがえのないひと時。皆元気かな、風邪とかひいてないかな。
向こうでは私はどうなっているのだろう、もしかして死んだ事になっていてお葬式もあげられていたらどうしよう。

考えれば考える程マイナス思考になるのは私の欠点だ。私の周りにいる2人は相変わらず言い合いをしていて、その声が頭に響く。
春の暖かい日差しに当たりすぎたのか、青い空にある太陽がなお輝いた時くらっと方向感覚がなくなった。




「おっと」
「名前ちゃん?!」
「ちょっ、大丈夫ですか!?」




おでこを押さえて顔を上げると支えてくれたのは実弥さんだった、先日と同じく目は釣り上がり額には青筋が浮かんでいる。
本当に人相が悪い人、常に怒っているのだろうか。しかしその割にはあの日の夜もそうだが私に触れる手は優しく、根が優しい人なのが分かる。

今日の実弥さんは、包帯は巻かれておらず胸元全開の隊服からはいくつもの切り傷が見られた。その中には古いものやまだ赤く抜糸が行われていない物もある。
痛々しいその傷を見ると、改めて凄い時代に連れて来られたと実感する。




「てめーら、他人に迷惑かけてんじゃねェ」




実弥さんが2人をひと睨みする。
さっきまでカエルは1匹だったが、2匹に増えたようだ。その様子を見て、私は思わず吹き出した。

アオイちゃんと善逸君、それに実弥さんは私が何故笑っているのか検討がつかないようで奇妙そうに私を見ている。




「すみません、この光景がおもしろくって」
「ええっ!!これがおもしろいと思うの名前ちゃんくらいだよ!!」




きゃんきゃん言う善逸君は小型犬の様で可愛い、そっとその黄色い散切り頭に手を置く。
意外と柔らかいそれを撫で、顔を赤めて私を見つめる善逸君に告げた。




「頑張ってお薬飲んでおいで、甘いものでも作って持っていってあげる」
「ええっ!やったーー!」




嬉しそうに両手を上げて喜ぶ姿は年相応で、あんな危険な場所に任務へ向かう事をうっかり忘れてしまう。彼もあと数日で任務に出されるのだろう、私より小さい彼らは常に死と隣り合わせでそれを覚悟している。

私とは住んでる世界が違いすぎる、善逸君も炭治郎君、実弥さん。
そして、今日も帰ってくる気配のない冨岡さんも。




「おーーい、名前ちゃん!差し入れ持ってきたぞ」




ぼんやり考え混んでいると、隠の隊服を来た後藤さんがやって来た。
いつも蝶屋敷まで案内してくれる隠の1人が後藤さん。そして、あの噂を隠しの皆さんに流した人物。

久しぶりに蝶屋敷で再開した後藤さんが私に向けた開口一発目は『奥様』だった。まだその噂を知らない隊士もいる中、慌てて後藤さんの口を押さえ名前で呼んで貰うように頼み込んだのだ。




「うわー、どうしたんですかこの小豆!」
「この前安く売ってたから買ってきたんだけど、どうも俺は小豆を炊くのにむいてないみたいでな〜」



麻袋一杯に入った小豆は日の光を浴びてキラキラと光っている。
色も艶も良くいい小豆だった、丁度善逸君とも甘い物を持って行くと約束した所だったので良かった。

善哉にしようか、それとも白玉小豆にしようか。大福も魅力的だななんて優雅に考えていると私の頭上から実弥さんが呟いた。




「おはぎ」
「えっ?」
「風柱様はおはぎがいいんすね」




小豆をみて思わず口にしてしまったのか、私と後藤さんが彼の顔を見つめるとそれに気づき顔を赤めこめかみに再度太い血管を浮き上がらせ拳を強く握りしめて恥ずかしさを堪えている。





「おはぎ好きなんですか?」
「うまいっすよね、おはぎ」
「……好きじゃねェ」





好きじゃないのか、小豆と連携して思わず言葉が出てしまっただけかもしれない。あまり問い詰めるのも可哀想になり、取り敢えず2人を連れて調理室へ移動する。

調理室に着いて何を作るにしても取り敢えず小豆の渋きりから始める、沢山の水と小豆を大きな鍋に入れ煮始める。
今現在調理室にあるのは昼食で残ったご飯、調味料、小麦粉、片栗粉等。白玉粉等あんこに合いそうな物はなかった。




「うーん、餅米もないっすね」




実弥さんに気を使ってか後藤さんが声をかける。2人の口はすでにおはぎの口になっているようだ。




「おはぎ作れますよ」
「餅米ねェぞ」




私自身は白玉善哉が良かったが、白玉粉がない事にはどうする事も出来ない。
2人が餅米もないのにどうするんだという目でこちらを見つめているのを横目に、手を洗い白米と水、そして片栗粉を火にかける。

2人は私からその鍋に目線を移し、興味津々な様子で覗き込んでいる。
 




「実弥さん、小豆をざるに上げて貰っていいですか?」
「わかってらァ」
「名前ちゃん、俺も何か手伝うよ」




後藤さんと実弥さんに小豆製作を任し、鍋に入っている白米を見ると火にかける前より粘り気が出ていた。それを確認し、火から上げ木べらで良く練る。
片栗粉のお陰で餅米までとはいかないが、もちっと感がでていい感じだ。

小豆を潰していた実弥さんが私の持っている鍋を覗き込むと子どもの様に顔を明るくさせた。




「餅米じゃなくてもそれっぽくなんだなァ」
「つなぎで片栗粉使ってるんで」
「そうかァ」




そんなこんなで普段交わる事がほとんどない異様な3人組は蝶屋敷にいる人数分のおはぎを作り終え、それを心待ちにしていた善逸君やカナヲちゃん、アオイちゃん達に配った。

後藤さんはおはぎを作り終えた頃に鎹烏から任務の伝達があったので、慌てておはぎを包み道中で食べる様に渡した。
それを嬉しそうに懐に入れ、私に手を振る後藤さんを見送った。




「隠でも危険ですよね」
「当たり前だろ、鬼と戦ってんだぞ」
「凄いなぁ」




後藤さんだけじゃない、皆普段通りに任務へ向かう。
重い顔せずあたかも普通に仕事へ行くように、明日には戻ってくると言う顔をして任務へ向かうのだ。

彼らがそんなだから見送るこっちはどうしたら良いのかふとわからなくなる。
悲しむ顔は見せたくない、けどうまく笑えているのだろうか。今の私もきっとそんな顔をしているに違いない。



実弥さんと、縁側に座っておはぎを一口食べる。
甘さが口の中に広がると後から少し香ばしい香りが鼻を抜けた。ちょっと熱しすぎた様で焦げてはいないが少しほろ苦い。
それも手作りの一興かと楊枝でおはぎをもう一度小さく切り口へ運ぶ。

隣の実弥さんはあっという間にお皿に乗っていた2つのおはぎを食べ終わり、私のお皿を見つめながらお茶を飲んでいる。
正確には私のお皿に乗ったおはぎを見つめている。




「おはぎが好きだったんですね」
「…うるせェ」
「私、一個で十分なんでこっち食べて下さい」




手をつけてないおはぎの方を実弥さんの前に突き出す。しばらくおはぎと私の顔を交互に見つめ、縁側の板間についていた手をそっと持ち上げそのままおはぎを掴み一口で頬張った。

冨岡さんもそうだが、食事をしている彼らは一瞬だが年相応に見える。
普段は一歩間違えれば死んでしまうような環境にいるからか実年齢より10も20も上に見えてしまうが、今目の前にいるのはただおはぎが好きな同級生。
幸せそうに頬張る彼の姿は、私や弟と変わらない。

毎日の様に骨が折れた隊士や、皮膚がえぐれた隊士が運ばれてくるここはやはり戦場だ。


あぁ、早く戻りたい。いや、違う。





「早く、帰ってこないかな」





隣に座る実弥さんは私の独り言を聞き取れなかったのだろう。私の顔を不安そうに見つめている。

呟いてわかった、実弥さんとも日に日に仲良くなるが中々この違和感がなんなのか気がつかなかった。しかし、答えは単純だった。

やっぱり隣にいるのは彼がいい。





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