15




嫌な胸騒ぎがして目が覚めた。
外は暗くなっており昼食を食べてから今の今まで眠ってしまっていた様だ、病院着は汗で重たくなっている。
熱は下がった様で昼間に比べて体は軽くなっていた。

ベッドの横にある小さな机に、水の入った湯呑みと薬が2錠置いてある。寝ている私に気を使い起きてから飲めるように用意しておいてくれたのだろう。
ありがたく薬を口に含み、それを湯呑みの水で流し込んだ。
それでも何故か胸の辺りがズキズキ痛む、それに嫌な夢を見た気がする。はっきりとは思い出せないが、頬が濡れているのだ。
胸の痛みが地味に続き、どんどん目が覚めていく。壁にかけられた時計を見ると深夜だった。



「外の空気でも吸いに行こう」



自分の病室を出て、蝶屋敷にある中庭の縁側に腰をかける。春先と言えど夜はまだ少し肌寒かったが悪夢に魘された後には丁度いい涼しさだった。

彼は今どこにいるのだろう、こんな月明かりの中で鬼狩りをする彼らを尊敬する。
他の誰かの為に命を張るのは凄い事だ、自分には到底出来ない仕事。
どれ程の恐怖だろう、こんな薄暗く視界の悪い中で。どうか、無事に帰って来てと私は願う事しか出来ない。早く彼と太陽を見たい。




「こんな所で何してんだ」




聞き慣れない男性の声が私に問いかける。
その男性は自分の背後にいる様で振り向くにも躊躇する程の威圧的な声色。先程まで痛んでいた胸の中で心臓が脈を打ち始めた。

怯えつつながらも後ろを振り向くと、全身包帯で身を包んだ白髪なのか銀髪なのかとりあえず色の淡い髪色をした厳つい男性が目を見開いてこっちを見ている。
不審者なのか、お化けなのか、鬼なのか。
気づいた時には大きな悲鳴を上げていた。

すると、その包帯男は慌てて私の口を手で押さえる。塞がれた口では息が吸えず、息苦しさと恐怖で身体が硬くなった。




「でけぇ声出すなや、寝てる奴が起きんだろ」
「ひっ…」




あまりの顔の怖さに息が引きつる。
しかし、私の顔に触れている手は優しく危害を加えてくる感じはない。
冨岡さんのおかげで少々の事では過呼吸で倒れなくなったが、見知らぬ男に口を塞がれては流石に手に汗が滲む。目にも水分が湧き出し、瞬きすればそれが溢れでそうな程だ。

それに気づいた強面の包帯男はそっと私の口から手を離す。新鮮な空気が肺の中に入り、少し落ち着いた。




「てめぇ、冨岡が匿ってる女か」
「え、あ、はい。」
「ちっ」




ひと睨みされて思わず両肩がびくりと跳ねる。
何故舌打ちされなければならないのだろう、只々夜風に当たっていただけなのにこんなのあまりに理不尽だ。

すっきりした気分が台無しになった。
これ以上何か突かれても気分がより悪くなるので、さっさと自分の病室へ戻ろうと縁側から腰を上げる。
病室へ戻る際に包帯男が行った調理室の前を通りかかった。又絡まれても嫌だが、綺麗に整頓されている調理室をガサガサと漁る包帯男が気になり足を止める。
男は何かを探している様で終始イライラしながら、調理室を散らかして行く。




「何か探してるんですか?」
「…おめぇには関係ねぇだろォ」
「関係ないですけど」




相変わらず睨みつけてくる男に腹が立つ。
何故こんなにも横暴な態度なのだろう、彼とは大違いだ。

声をかけるんじゃなかったと後悔し、病室への帰路にもう一度つこうと踵を返すと背にいる男のお腹が鳴った。
そうか、お腹が減っているのか。




「お腹減ってるんですか」
「早く病室へ帰れ」
「鬼殺隊の方ですよね?」




男の白い羽織には"殺"と大きく書かれている。
現代で着ていれば異様な目で見られるかもしれないが、ここでは鬼を滅すと言う大きな目標や強い信念が感じられる羽織。
大きく開かれた胸元には包帯が巻かれており、そこは薄く赤が滲んでいる。随分深く怪我を負ったのだろう、何重にも巻かれた包帯にそれが滲む程なのだから。




「だからなんなんだ、ちゃっちゃと散れや」
「私もお昼ちょっとしか食べれなかったので」
「おい、話を聞きやがれ」




夕食の残りがないか調理場を探る。
大きなお櫃には数時間前に炊かれたのであろう、冷め切った白米が多めに残っている。
その横の布がかけられた大皿があり、その中には焼鮭が数匹見つかった。

ぱぱっと作れる炒飯にしようとフライパンを探すが、小さめの物が見つからなかった。渋々、大きな中華鍋を手にとり油を入れ火にかける。
ちりちりと油が跳ね出すのを頃合いに玉子をかき混ぜ、鍋に流し込み木べらで軽く混ぜる。
白米を入れて玉子と絡める様に炒め、いつもの様に中華鍋を揺すろうとしたが、大きい物を選んでしまったが為に自分の力では持ち上がらなかった。

このままでは焦げてしまうと頭を抱えたその時、包帯男が私を肩で軽く押し中華鍋を取り上げた。




「貸せ」




慣れた手つきで中華鍋を振るう包帯男。
全体に火が通り鍋の中でパラパラとお米が踊っている。一瞬呆気に取られたが振るってくれているうちに、男の横からほぐした塩鮭を鍋の中に放り込む。
馴染む様に男が木べらを使って白米をかき混ぜ、片手では大きな中華鍋をいとも簡単に振るう。




「上手ですね」
「まあな」
「ちょっと味見しましょう」




一度鍋を置き、近くにあったお箸で味を見る。
何か少し物足りなさを感じお醤油やお塩、胡椒を目分量で入れ再度火にかけた。
香ばしい匂いが調理室に漂い出すと、横にいる包帯男のお腹が先程よりも大きな声で鳴いた。

お皿を2枚用意して鍋から移し出す様に伝える。
目のつく所に置いてあった急須に茶葉を入れ、炒飯を作っている間に沸かしていたお湯をそこに注ぐ。緑茶のほろ苦い湯気が私の顔を包んだ。




「私、こんなに食べれません」
「半分こだァ」




冨岡さんは日頃よく食べる。
その感覚で今も3合近く残っているお米を炒飯にしてしまったが、2枚出したお皿には綺麗に半分ずつ盛られている。1.5合ずつはあるだろう。

私の前に座った男は大口で炒飯を頬張っている。美味しそうに食べる姿を見ていると急に食欲が湧き出し、私もスプーンで炒飯を取り口に含んだ。懐かしい土曜日の昼を思い出す。



食べ始めは完食出来そうで気が大きくなっていたが、3分の1程食べ進んだ位でスプーンが止まってしまった。もう入らない。




「もう食えねえのか」
「はい、病み上がりなもんで…」




病み上がりでなくても1.5合はきつい。
残った物はおにぎりにでもして、明日の朝迎えに来てくれるであろう彼に食べて貰おうかと悩んでいると目の前に置かれていた炒飯の山を包帯男が取り上げた。

そしてそれを、一杯目と変わらないスピードで胃に入れて行く。




「足りませんでしたか?」
「残すの勿体ねぇだろォ」




あっという間に二杯目も食べ終わり空の皿を流し台まで運んでくれた。
調理中にも思ったが、冨岡さんよりも家事をしている様子が伺えた。

男はもう一度私の前に座り、湯飲みのお茶を一口飲む。




「不死川実弥だ」
「えっ?」




唐突に言葉を投げかけられ、一瞬名前だと分からなかった。この人はコミュニケーションと言うのを知っているのだろうか。
なんとも波長が掴めない。彼とは大違いだ。




「名字名前です、よろしくお願いします不死川さん」
「実弥でいい」
「え、でも…」




冨岡さんも冨岡さんだし…と考えていると机に頬杖をついて、私の方は見ずに不死川さんは呟いた。




「不死川は鬼殺隊に2人いる、間違えたらややこしいだろ」
「そうなんですね、じゃぁ実弥さんで」
「あぁ」




新しく知り合いが出来て嬉しい名前に対し、どうして名前を教えたのか自分で疑問に思う不死川だった。





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