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現場は山間にある村の神社だった。
聖職者は皆心臓を抉り取られ即死の状態で見つかり、神社の聖域は下品で卑劣な赤で染められていた。

連絡が取れず行方不明になっていた隊士達は、錯乱状態の者も居れば廃人の様になっている者もいたが殆どが無傷で無事だった、しかし誰もが連絡を取れる状態ではなかった。
その中でも数名は自ら命を経った者もおり、自分の胸に日輪刀を刺している死体や首を切った死体も発見された。




「血鬼術か」
「…そうですね、まだ鬼が近くにいるかもしれません」





宇髄との任務と非常に似ている、多分同一犯と考えていいだろう。
神社内を捜索していると裏手の山に繋がる小道を見つけた、その道の入り口には鴨居がありそこから血痕が列をなして奥に続いている。
誰か生存者がいるかもしれないとその赤を追うと、道の途中でそれは途切れていた。
周りは何の木かわからない木々が鬱蒼と立ち並んでおり視界が悪い、ただでさえ今は深夜で夜に慣れている鬼殺隊士でも戦闘には不向きな立地だ。


やけに静まり返っているそこで、目を瞑り神経を集中させ、先程から向けられている殺気と視線を探ると真後ろでそれは感じ取られた。
日輪刀を抜き後ろに斬りかかるが、何かが切れた感触や重さはない。

目を開けると黒い鬼の影がこちらを見て微笑んでいる。




『やっと、みつけた』




斬りかかった鬼の影は靄の様にゆらゆらと揺れている。
今見えている鬼は幻想か何かの様で、何処かに本体がいるのか、影から感じる視線や殺意とは別に違う所からもそれらを感じるが鬱蒼と生えている木々が邪魔を探索が進まない。




「俺を探してたのか」
『お前じゃない』




鬼の即答具合いが心外だが、真っ黒の影がゆらゆらと揺れ煙の様に上へ上がり消えていく。
その間も本体を探して神経を尖らすが、やはり周りの木々が邪魔をしてはっきりと居場所は感知できない。

影は一度空中で円をかき、次は自分の後ろに着陸した。後ろを振り向き目に入った鬼の姿に思わず息を飲む。




『冨岡さんっ』
「…名前」




蝶屋敷で待つはずの名前が、いつもの割烹着姿でこちらを見つめている。
思わず手が伸びてしまいそうになるがぐっと我慢して一呼吸つく。これは名前ではない、声も仕草も少しずつだが彼女と異なるではないか。

必死で動揺を落ち着かせているとさっきまでの黒い影が彼女に纏わり付いた。目の前にいる彼女はその影に驚いた様に目を見開き、自分に手を伸ばす。助けようと自分も手を伸ばすが、あと一歩の所で届かない。




『いるだろう、この女が』
「離せ」




その鬼の靄は蛇の様な姿になり名前の全身に巻きつくとどんどん締め付け始め、彼女は苦しげな表情で自分を見つめている。
呼吸と鼓動が乱れていくのがわかる、頭に血が昇りキンと耳鳴りがし出した辺りで足が地面を蹴り上げ木々の中へ入った。

1つ2つ3つと木の影を通り過ぎ、どこかの木の影にいる本体との距離を縮める。何本目かの木を通り過ぎた時、片腕を押さえて身を隠す炭治郎達位の少年を見つけた。
しかし、その禍々しい雰囲気は彼らとは違う。それは鬼から醸し出される独特な雰囲気だ。

速度の乗った足を地につけ力を込めて勢いを止める、すると小さく砂埃が立ち込めた。そこをもう一度蹴り上げ来た道を戻ると探していた自分より小柄な鬼は影の様ににやりと笑い逃げ出した。




「水の呼吸 壱の型 水面斬り」




その鬼から殺気は感じ取れるが逃げるばかりで一切攻撃はしてこなかった。逃げる速さも手置いだからか遅く、すぐ距離は詰められた。
首を斬って終わりにしようとした時、鬼はこちらを振り向いて空を手でひと撫でする。
鬼の行動等関係無しに刀を振りかぶったその時、目の前にいた鬼は名前に姿を変えた。




『やめて、冨岡さんっ!!』
「っ!」




違うとわかっていても、彼女の恐怖に満ちた表情や震える身体を目の当たりにすると切なく苦しくなる。
振りかぶっていた腕が全く動かなくなり、その間に鬼の蹴りが溝内に当たる。胃の内容物が上がってくるのと痛みを感じる。
蹴りの威力は凄まじく来た道をまた戻り、木にぶつかり止まった。

背中がじんじんと痛む。蹴られた溝内も痛い、それらの痛みで余計苛々する。そして何より、名前を戦闘中にちらつかせるアイツと名前ではないとわかっていながらも攻撃出来ない自分に腹が立つ。
少し離れた所で相変わらず笑っている鬼に問いかける。




「何故、名前を狙う」
『そりゃぁ、俺が連れてきたからなあ』




羽織りの袖で口元を拭う、また洗濯物を増やして名前に申し訳ない。
そんな事を考えながら日輪刀を地面に刺しそれを支えに立ち上がる。骨は折れている様子はない、蹴りをくらった箇所が少しばかり悪かったのか昼間食べた消化しかけの昼食は口から出てきてしまったが内臓も特に問題は無さそうだ。

こいつから何が何でも名前を未来に戻す方法を聞き出さなければならない。
地面に刺した日輪刀を引っこ抜き、鬼へ刃を向ける。




「稀血だからか」
『そうだ、俺はずっとあの女の血筋を探していた』




急に鬼から醸し出される殺気が鋭く、皮膚がピリピリと痛む程の物に変わる。

鬼のこめかみ辺りには太い血管が浮き上がり、眼は赤く充血をしている。何かを思い出したのか自分の頭を鋭く尖った爪で掻き毟り出すと、そこから血が流れ出し地面を汚した。




『アイツら器用に隠れやがって、お陰で俺は十二鬼月に入れなかった』




鬼はふと我に帰ったのかこちらを見てまたもや穏やかに笑い出す。そして、嬉しそうに話し出した。




『けど見つけたんだ、俺の"影"が』
「名前をか」
『そうだ、俺の影は時間も渡れる。遠くなる程攻撃の威力や繊細な動きは出来なくなるがな』




名前が言っていた藤の花の御守りが焼けていたのはこいつのせいだ。何年も何十年も離れた所で彼女を見つけた為、それを燃やすのに何年もの月日をかけたのであろう。

間合いを取りながらいつでも戦闘に入れる様に体勢を整える。




『悪いが今日はここまでだ、柱のお前とは戦う気なんかこれっぽっちもねえ』
「…名前をどうする気だ」
『もちろん食うさ、舌が焼け焦げようが内臓が燃えようが構わない。俺程になると取り込めば外傷は治る』




多分、十二鬼月並の力を持っているこいつを逃す訳にはいけない。また被害者を増やしてしまう。ここで相討ちになろうとも、止めなければならないのだ。

だがしかし、彼女がちらつくのは何故だろう。
本当に未練がましい男になってしまった。そんな自分を錆兎や蔦子姉さんは笑うだろうか。





「ここでお前は倒す」
『だから、殺り合う気はねえって』




鬼はニヤついたまま指を鳴らすと鬼の周囲に黒い靄が立ち込めた。
このままでは逃げられる、思わず手で握っていた日輪刀を鬼の方へ投げつける。刃は靄の奥にいる鬼へ吸い込まれる様に引き寄せられたが、その表情は崩れる事もなく空を手で撫でると刃の先にいた鬼は黒い靄と共に消える。
そしてそこに残ったのは胸に日輪刀が刺さっている名前だけだった。




「名前?」




全身の血が沸騰しそうな程、興奮していた自分が急に冷静になるのがわかった。血の気が引いていく、急激に冷え出した手先が震え出す。
恐る恐る彼女に近寄り触れると、もう既に冷たくなっており真っ白な割烹着を貫通している日輪刀の周りは赤く染まり出していた。
その姿はあの日の姉と被る、姉もこうやって冷たく硬く血生臭かった。

抱き上げると彼女の背中の方からボタボタと地面に何かが垂れた。
あぁ、どうしていつもこうなるのだろう。神様はいつも自分から大切な物を取り上げていく。

どうしようもない喪失感とここでの存在意義がわからなくなり、彼女の胸に刺さっている刀を抜いた。それをそのまま自らの首に当てる。

ひと想いにいってしまおう、向こうでは姉と戦友も待っている。そして彼女も。




「なにしてるんですか、冨岡さん」




刀を握る力を強め、首にある大きな血管を斬ろうと決めた時頭に鉄拳が振り下ろされた。
我に帰ると抱いていた名前はおらず、殴られた頭はズキズキと傷む。思いっきり殴ったのか目の前が白黒する。




「自害なんてくだらない死に方やめてください」
「…すまない」
「えらく素直ですね」




興奮状態で冷静さをなくしていた為、血鬼術と現実の区別がつかなくなっていた。あのまま手を引いていれば無事ではすまなかっだろう。

自分で生命を経つ手前だったのだ、今も少しばかり鼓動が速い。
そんな事よりも名前の元へ早く戻らねばならない、あいつが名前の居場所を突き止めたのならばいつ彼女に危害を加えるかわからないから。




「冨岡さん、何処へ行くんですか」
「蝶屋敷へ戻る、鬼の目的は名前だ」
「今から戻った所で昼過ぎです、それに蝶屋敷には彼がいます」




胡蝶は慣れた手つきで烏を飛ばすと、次に中々の威力で背中を殴って来た。
曲がっていた背骨が殴られた事で真っ直ぐになるのを感じた。




「しっかりしなさい、水柱冨岡義勇」




背筋が伸び先程までの不安が少し晴れた。
暫くすると隠も到着し、怪我人を近くの藤の花の家紋の家に運んだ。


隊士を運び終え一足先に蝶屋敷へ帰還しようとした所を、胡蝶にまだ調べ物があると言われ共に藤の花の家紋の家で身体を休める事となった。
用意された部屋で鬼に蹴られた溝内を確認すると赤黒く内出血している、そこに胡蝶から貰った湿布を貼り付けた。
その湿布をくれた胡蝶は別の部屋で怪我を負った隊士達の手当てを行なっている。

暫くすると家主が食事を用意し部屋まで運んで来たので、遠慮なくそれを食べる。味噌汁を一口含んだ時に慣れ親しんだ味ではなく、"他人"の家の味がした。


すぐにでも名前の料理が食べたくなった。





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