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意識が戻るとそこは冨岡さんの腕の中だった。



「胡蝶!胡蝶!開けてくれ」



蝶屋敷の主である胡蝶さんを呼んで、引戸を殴る彼の額には汗が伝っておりこれまでに見た事もない程焦っている。
しばらくすると、こんな早朝に来られても迷惑だと顔に書いてある胡蝶さんが扉から登場した。貼り付けられた笑顔は私から見ても偽りの物だとわかる。



「あら、冨岡さん。こんな早朝からどうしたんです?」
「…緊急で診てくれ」
「あら、名前さんでしたか」



胡蝶さんと目が合うと、冨岡さんに向けていた苛つきが垣間見える笑顔ではなく心配顔を私には向けてくれて少し安心する。
私の汗ばんでいるであろうおでこと首筋に触れて、むっと眉間に皺を寄せる胡蝶さん。

自分の分しか開けていなかった扉を広く開け直し、私を抱えた冨岡さんを招き入れる。
思っていたより冨岡さんの声が大きかったのか、蝶屋敷で治療のお手伝いをしている女の子達が物陰でこちらを伺っているのに気づく。
その視線はもちろん私達、そして慣れてしまっていたが抱えられている事に今更羞恥心が湧き出した。



「冨岡さん、自分で歩けるので…」
「また倒れられたら困る」
「いや、ほんとに、大丈夫ですから」



バタバタと足を動かし下ろして貰おうと抵抗してみるが、熱がそれを邪魔をしあまり長くは出来なかった。
何をしてるんだと言う顔をして私を見つめながら、前を向いて振り返りもしない胡蝶さんの後をついて行く。

降ろして貰うのを諦めた私はだるさに負け冨岡さんの胸板にもたれかかった。



「どうぞ、お掛けください」



胡蝶さんが丸い椅子を出すとそこへ冨岡さんが私を椅子へ下ろす、今までくっついていた冨岡さんの体温が消えて悪寒が背を駆けた。胡蝶さんは私の喉元を触診したり器具で喉の奥を見たりして少し考えた後こう告げた。



「風邪ですね、ちゃんと寝る時は暖かい格好で寝ていましたか?」
「い、いえ…」
「春先だからと言って気を抜いてはいけません、夜はまだ冷えるので気をつけて下さい」



微笑みながら私を諭す胡蝶さん。
冨岡さんとの暮らしに慣れてきた頃で疲れも出て来ていたのと、昨夜の薄着で寝落ちしてしまったのが悪かったのだと反省する。



「念のため肺の音も聞いときましょうね」
「あっ、はい」



私が着ていた着物の襟元を開こうとした時、胡蝶さんは私の後ろで立っている冨岡さんに目線を移した。それは、見つめると言うより睨んでいるに近い。
襟元に手を添えたまま彼の方を見ると、相変わらずの無表情のまま私を見つめている。もう一度胡蝶さんを見ると、笑いながら青筋を立てておりこちらが冷や汗をかく。



「冨岡さん、空気読んでください」
「…」
「アオイ」
「はい!冨岡様、外でお待ち下さい!」



どこから現れたのか塩おにぎりを運んで来てくれたツインテールの女の子が姿を現し、私の後ろにいた冨岡さんの背を押して診察室の外へ追い出した。

出て行った事を確認し、襟元を緩めるとそれに合わせて胡蝶さんが聴診器を胸元にあて肺の音を聞いてくれた。



「肺の音も異常ないですね」
「ありがとうございます、早朝から診察して貰ってすみません」
「いえ、これも仕事ですから」



そんな会話をしていた時、胡蝶さんの鎹烏が伝令を知らせに来たのか診察室の少し空いた窓から飛んで入ってきた。
それは診察室の外で待つ冨岡さんの鎹烏も同じで蝶屋敷に2匹の声が響く。



『伝令、西の山間の村で鬼が出現。派遣した隊員20名との連絡が取れず行方不明。直ちに蟲柱胡蝶しのぶと水柱冨岡義勇は現場へ迎え』



襟元を直す手を止めて烏の声を聞き入っていると、胡蝶さんの手が私の手のかわりに襟元を直してくれた。



「冨岡さんと私は任務に向かいます、今夜は帰ってこれないでしょう」
「はい」
「今日は蝶屋敷で体を休めて下さい、明日の朝には戻ります」



こんな体調じゃ蝶屋敷から冨岡さんの家まで1人で帰るのは不可能だ。
久しぶりの蝶屋敷で少し緊張はするが、外から炭治郎君の声が聞こえてきたので知り合いがいるかもと思うと心が軽くなった。

病室まで案内してくれると言う胡蝶さんに、大体場所は把握しているから大丈夫と断りを入れ診察室の扉を開ける。そこにはずっと待っていたのか冨岡さんと言う壁が現れた。




「…ちょっと怖すぎますよ、冨岡さん」




私の後ろから呆れ返った声を出す胡蝶さん。
そんな事では動じない冨岡さんは、ずっと私を見つめている。伸びてきた彼の手は迷いもせず私の頬に触れいつもの様に撫でてくれる。

そっと私も頬にある彼の手を両手で包む。
自分の体温の方が高いからか冨岡さんの手はヒンヤリしていて心地いい。




「明日には必ず迎えにくる」
「はい、いってらっしゃい」
「名前はゆっくり体を休めろ」




彼の親指が私の頬の高い位置を撫でる。
思わずいつもの様にその手に擦り寄ってしまいそうになるが、胡蝶さんの冷ややかな目線とアオイちゃんの赤い顔が横目に映りふと我に帰る。




「宇髄さんが言ってた意味がわかりました」
「えっ?」




呆れ顔の胡蝶さんは心底呆れたため息を私達に見せつける様に一つ付く、そんな顔もあまりに綺麗で思わず見惚れてしまった。

私の頬から冨岡さんは胡蝶さんの冷ややかな目線に負けたのか名残惜しそうに手を離し、胡蝶さんに背中を押されて任務の準備へ向かって行った。冨岡さんは胡蝶さんに背中を押されながらも後ろにいる私の様子を何度も振り返り伺ってきたので、心配をかけてはいけまいと寂しく不安な思いは隠し、とりあえず笑顔で見送った。





私は用意された病室に移動し、一息つこうと窓の外を見ると丁度2人が現場へ経つ時だった。
2人が肩を並べて歩く姿は凄くお似合いで、信頼し合っているのがわかる。本来彼の隣は彼女なのかもしれない、改めてこの世界で私は"異質''な存在なのだと感じる。


本来ここにいてはいけない存在で、彼の運命に入り込んではいけない"異質"。
そんな"異質"は欲張っては駄目なのだ。

頭ではわかっている筈なのに、せめてあっちへ帰るまでは彼との『夫婦ごっこ』を味合わせて欲しいと言うのは"異質"には贅沢すぎるのかもしれない。
2人の姿を米粒より小さくなるまで見つめる、どこまで行っても、見えなくなっても胸の奥の方でチクチクと何かが痛んだ。




「ごはんお持ちしました、…大丈夫ですか?」




いつの間にかお盆の上に大きなお揚げさんが入った丼を乗せてやってきたアオイちゃんが扉の所に立っていた。


窓からは2人の姿等とっくの昔に見えなくなっていて、自分の頬は軽く濡れていた。
その事に気づいていないふりをし、アオイちゃんに微笑み返す。何となく察してくれたのか、アオイちゃんも気づいていない振りをしてくれた。

並々一杯盛られたきつねうどんからは暖かい湯気が立ち述べている。
風邪のせいか、熱のせいかあまり味がせず食欲も湧かなかった。





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