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まだまだ寒い日は続く、玄関の掃き掃除をしているとご近所さんである年配夫婦のご婦人の方が私を訪ねに来てくれた。

孫と歳が近いらしくいつも心配して様子を見に来てくれるので今ではすっかり仲良しだ。
中へ上がって貰い、居間へ通しお茶碗とお菓子をご婦人に振る舞う。



「あら、カステラなんて高価なの良いの?」
「とみっ…いや旦那が甘いの得意じゃないので中々減らなくって」
「そうなの〜、申し訳ないわ〜」



あの街へ2人で行ってから時々冨岡さんが色んな場所に連れ出してくれる様になり、それのお陰か冨岡さんがいれば人混みにも恐れずに入れる位にはなった。
このカステラもここから近くの甘味処に連れて行ってくれた時に買った物だ。

そんな冨岡さんは少し離れた場所に鬼が出たと鎹鴉から伝令がありそこへ向かう為、夜明けに帰って来て少し仮眠と食事を取りすぐに家を出て行ったしまった。
最近任務の方が忙しい様であまり会話も出来ていない。



「旦那さん、いつも夕暮れ時に出て行くけどお仕事は何してるの」
「し、仕事ですか」



鬼は夜にしか行動しない。
なので鬼狩りである冨岡さんは夕方に任務に向かうのだ、そんな事をバカ正直に言ってしまってはいけない事位私でもわかる。

優しいご婦人に嘘をつくのは気が引けたが、それとなく誤魔化す。



「夜間警備ですね〜」
「あぁ、夜警団みたいなものね!」



納得した様に顔を輝かせるご婦人。
何か如何わしい仕事だと思っていたのだろうか、確かに無愛想で人とのコミュニケーションを取るのが苦手な彼だ。怪しまれても仕方がない。



「そうだ、これを名前ちゃんにあげようと思って持って来たのよ」
「えっ、いいんですか!?」



日が暮れ始めた頃、玄関でご婦人を見送っている最中に風呂敷の中から赤地に白い子花が咲いている可愛らしいちゃんちゃんこを渡してきた。

中に綿も入っている様でふかふかとしていて持っているだけでも暖かい。



「本当は孫にあげようと思ってたんだけどね」
「頂いてもいいんですか?」
「今年は来れそうに無いみたいだから…」



悲しげな表情を見せたご婦人だったが、それは一瞬の事ですぐに私に笑顔を見せた。
何故来れなくなったのか事情はわからないがご婦人が悲しんでいる事はわかる。
渡されたちゃんちゃんこをぎゅっと抱きしめ、私も精一杯の笑顔を作る。



「とっても嬉しい、大切に着ますね」
「…喜んでくれて嬉しいわ、また来るわね」



私の表情を見て悲しそうに笑っていたご婦人に色がついた。何も出来ない私だが、少しでも励ませたのであれば嬉しい。
日が沈んでいく方へ歩き出すご婦人の姿が見えなくなるまで手を振る。


大切な人に会えない辛さは身に染みてわかる。
当たり前に会えていた状況ではわからなかったが、これ程辛いものはない。

父と弟も元気にしているのだろうか。喧嘩ばかりしていないだろうか。
早く現代へ帰りたいと思う反面、後ろ髪を引かれるの何故だろう。彼が気になって仕方がないからか、この世界での生活に慣れて来てしまったからなのか。
答えは出さずにその考えには蓋をした。




湯浴み後、鬼避けの藤の香を焚く為にご婦人から頂いたちゃんちゃんこを着て外へ出る。
火照った体に夜風が気持ちいいが、濡れている髪はどんどん冷たくなるのを感じる。

お香に火をつけるとふんわり優しく藤の香りが辺り一面に漂った。その香りを吸い込み一息ついた時、玄関をドンドンと激しく誰かが鳴らすした。
こんな時間に誰だろうと不審に思いながらも、急いで玄関口まで行き鍵をかけていた扉を少しだけ開けると、その隙間に男性の太い指が入り込み一気に扉を開けられる。



「きゃっ!」
「嫁さんすまねぇ、こんな時間に」



その声に聞き覚えがあり、顔を上げたそこには隊服を着て髪の毛を纏め上げた宇髄さんが冨岡さんを肩に担いでいるではないか。
冨岡さんの羽織りには赤い何かがべっとりと染めている。

全身の血の気が引いていくのがわかった、どこか怪我をしたのかどうしてそんなにぐったりしているのか。



「…どうしたんですか」
「それがな〜」



宇髄さんが何か話している。
ぐわんぐわんと頭が回り何も話が入ってこない、今日の昼間現代に帰りたいと思ってしまったからこうなったのだろうか。
ならば神様、昼間の考えは撤回するから、だから、この人をそちらへは連れてかないで。

震える両手をぐったりしている彼に伸ばし、項垂れて見えない顔に沿わせると凄く熱い。冷たくなくて良かった、目頭に水分が溜まって行くのがわかる。



「おい、大丈夫か?」



私の両手が冨岡さんの顔に触れた時、先程まで宇髄さんの肩にあった彼の腕が私を抱きしめた。

ふわっと香る冨岡さんの香り。それと共に血生臭さも一緒にやってくるが、そんなの気にならない。良かった、彼はまだ動いている。



「…まだ、生きてる」
「…すみません、嫌な想像しちゃいました」
「え、今俺説明してたよな」



とりあえず、玄関に冨岡さんを座らせ宇髄さんから話を聞く。
遭遇した鬼の血鬼術が毒性が強いものだったらしく、鬼との乱闘に巻き込まれた村人を冨岡さんが庇った際に少しその血鬼術をくらってしまったらしい。
鬼自体はそんなに強い鬼ではなかった為、さっさと倒して撤退し帰路の途中にある蝶屋敷で解毒剤を打って貰ったそうだ。



「それじゃぁ、蝶屋敷にいた方がいいんじゃ…」
「胡蝶も俺もそう言ったんだが、こいつがどうしても帰るって聞かなくてよ」
「…」



玄関の段差に座り込んで浅い呼吸を繰り返す彼を見ているとこちらも辛くなってくる。
蝶屋敷で様子を見てて貰った方が容態が急変した時になんとかしてくれるのではないか。
いつでも胡蝶さんがいるので辛かったら薬も貰えるだろうし…。

彼の横にしゃがみ込み、目線を合わせて説得を試みる。



「冨岡さん、蝶屋敷へ行きましょう?」
「…」
「すぐに処置してくれますし、今ならまだ宇髄さんに運んで貰えます」



寂しい気持ちがないと言うと嘘になる。
しかし、急変して冨岡さんに何かあったらあったで大変だ。

じっと見つめる私の視線に気がついたのか、ゆっくりとこちらに顔を向けてやっと彼の表情が見えた。
発熱のせいか目尻がいつもより垂れ下がっており、顔が赤い。口は半開きで呼吸は浅く、額からは汗が伝って落ちている。
不謹慎ながら色っぽいその表情に女の私でもドキドキしてしまう。



「…嫌だ」
「ほんっと、頑固だよな」



宇髄さんの呆れ顔に小さく笑う。
自分の膝に置いていた手に彼の手が重なったのに気づく、中々の高熱なのだろう手はいつもの倍以上熱く感じる。
何か伝えたいのかと思い彼の方へ顔を戻すと、虚な目で私を見つめ首を振る冨岡さん。
多分『行きたくない』と提示している、その姿は子どもの様で大人びた彼から想像も出来ない一面だった。
そんな姿に完全に母性本能が擽られた私。



「宇髄さん、今夜は私が看病します」
「…わかった、何かあったら蝶屋敷に烏飛ばせよ」
「ありがとうございます」



私のお礼を聞くと玄関を出て行く宇髄さん。「お前ら見てると嫁に会いたくなるんだわ」と私達には背を向けて、纏め上げた髪の毛をかきながら暗闇に姿を消す。
剣士と言うより忍びの方がしっくりくる宇髄さんを見送ると、さあ今から一仕事だ。



「冨岡さん、ここで羽織りは脱いで下さいね」
「…わかった」
「明日朝一で洗濯します」



半々羽織りにはべったりこびり付いた汚れ、明日の洗濯は大仕事になるかも知れない。
彼の両手を掴み上へ引き上げるとフラフラと立ち上がり、そのまま部屋へ連れて行きとりあえず着替える様に促す。
いそいそと着替え出した彼を背に、布団を用意し私の部屋から毛布を持ってくる。
その間に着替え終わった彼はすでに布団の中に潜り込んでおり、中で少し震えていた。その上から毛布をかけて、小さい時に弟にしてやった様に布団の上からとんとんと数回叩いてやる。

お布団を顔の上までかけている冨岡さんに、その隙間から顔を寄せて問いかける。
隙間から見た彼の顔があまりにも近く、とろんとした目が開かれた。



「何か食べますか?」
「…あぁ」
「おうどん?お粥?」
「……お粥がいい」



あまりの弱り様に心配にはなるが、お粥を作りに炊事場へ向かおうと顔と上半身を上げた時またもや手を掴まれた。
布団から手だけが出ており、なんだかおかしかった。
もう一度、顔と上半身を床につけて隙間から冨岡さんの顔をみる。



「離してくれないとお粥が作れませんよ」
「…」
「すぐ戻ってきますから、ね?」



少し不満そうな表情をしたが手首の拘束が外れた。
腕を出した事で崩れたお布団と毛布を整えてかけ直す、また長居すると捕まってしまうかもしれないので急いで炊事場へ向かった。

明日の朝の為に、お水につけておいたお米を土鍋に移し替える。
土鍋に少し多めの水とお米を入れてしばらく煮込んで行くと、甘いお米の匂いが一面に広がった。残っていたお出汁を入れて、ご近所さんから頂いた卵を溶き入れる。

準備もしてあったのであまり出来上がりまで時間はかからなかったが、部屋の襖を開けると彼の寝息が聞こえた。
起こすのも可哀想だが、ご飯を食べて体力をつけた方がいいと思い寝ている彼を起こす。



「冨岡さん、お粥できましたよ」
「…んっ」
「起きれますか?」



自分で起き上がってきた所を支えて座らせる、ひと眠りついたのと薬が回って来たからか先程まで浅かった息が整い始めている。
まだ顔は火照っていて、目尻も垂れ下がっているが帰ってきた時よりましだ。

布団から出た冨岡さんはぶるっと震えた、布団の中と外では温度が違く悪寒を感じたらしい。思わず着ていたちゃんちゃんこを脱ぎ、彼にかける。



「…いいのか」
「冨岡さんにはちょっと小さいですね、それより冷める前に食べちゃいましょう?」



お茶碗に盛られたお粥には彩りで青ネギを少しかけたそれを、軽く混ぜ合わせてレンゲですくう。出来立てで湯気がゆらゆらと立ち昇るので、軽く息を吹きかけて覚ました。




ふと弟がインフルエンザになった時を思い出した。あの時の弟も酷い高熱で浅い呼吸をしていて、眠っても魘されてすぐ起きてしまうのだ。

母が死んではじめての冬だった、その日はご贔屓筋の団体が予約で入っていて不安そうに弟を見守る父の背中を押し厨房へ向かわせた。
私自身も不安で押しつぶされそうだったが、今まで頼っていた母親はもういない。譫言で母を呼ぶ弟に不便に思いつつも苛ついたのを覚えてる。
お粥を食べさせようと、息を吹きかけ口元まで持っていくと弟は笑い「お母さんみたい」と嬉しそうに呟きお粥を食べていた。
私だけ我慢しているのではない事をこの時わかった、私より小さかった弟は普通なら泣き叫んで母を恋しがって良い筈だったのに。




ふとこちらに意識を戻すと、レンゲの先には冨岡さんの口元。
しかも私が伸ばしたレンゲに抵抗するわけでもなく、冨岡さんは口を開けてお粥を迎え入れている。



「冨岡さん!すみません!弟と間違えました」
「…かまわない」
「じ、自分で食べられますか?!」



じっと私を見つめる冨岡さんは何を考えているのだろう。
ふと持っていてお茶碗に目を移すとさっきまで並々入っていたお粥はもう底をついてしまっている。無意識の内に殆ど食べさせていたらしい。



「食べさせられて食べた気しないですよね!新しいの持ってきます」
「もういい、それより…」
「?」



普段より何倍も気弱な声で呼び止め、私の手を握る冨岡さん。
まだほんのり暖かいそれを両手で包み優しく撫でるとまた弟の事を思い出した。
弟も熱が出た時、いつも手を握っててと頻繁に駄々を捏ねていたのは熱が出て不安だったからだろう。その時はこうやって安心させる為に数回手の甲を撫でるとすぐに眠りに落ちるのだ。


気づけば冨岡さんも眠りについていた。


そっと手を布団の中に戻し、桶に水を張り手拭いを濡らして彼のおでこに乗せる。
一瞬冷たさからか体を跳ねさせたが、すぐにその冷たさが気持ち良くなったのか落ち着いた表情で眠っている。


徐々に私にも睡魔が襲い、看病の途中で意識がなくなった。





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