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街へ出かける事になり冨岡をさんを待たせてはいけないと慌てて準備をしていると、ふと自分の顔が鏡に映った。



「さすがに顔色悪過ぎない?」



そこには血色の悪い自分の顔があった。
体調は良いので多分緊張からくる物だろう、やはり人が多い所へ出かけるのは緊張する。
こっちへ来てから人と会うたび倒れているので、最近は対人自体が恐怖になってしまっているからだ。

また冨岡さんに心配をかけてしまうと頭を悩ませていると、部屋の片隅に現代から持って来た鞄が目に入る。藁にもすがる思いで、鞄を開けると中から探し物であるメイクポーチが出てきた。こちらに来る前、大学から帰ってきたすぐに豆腐を買いに出たのでメイクポーチを入れたままだったのだ。
持ち運びのメイクポーチと自宅用で分けない派で良かったと過去の自分に感謝した。

ポーチを開けると久しぶりに見るメイク道具達。この時代に削ぐわない形をしているためどことなく違和感を感じるが、手に取ると慣れ親しんだ感触が蘇る。

軽く顔全体をフェイスパウダーで整え、チークで顔に血色を与えるとこれだけでも大分健康的に見え、そこにリップを塗るといつもより明るい印象になった。
久しぶりの化粧で気分も上がり、先程からちらついていた不安が薄らいできた。
ポーチの中から出てきたピン留めを使い、アレンジを行うと余計心が踊った。



「準備出来たか」



時間がかかり過ぎたのだろうか、襖の前から冨岡さんの声がした。
丁度、髪の毛も結い終わり部屋を出ようとしていたので最終確認で鏡を見るとさっきまでいた血色の悪い自分はおらず、"現代の自分"がそこにはいた。


冨岡さんは可愛いと思ってくれるかな。


ドキドキしながら襖に手をかける。
いやいや、ちょっと待て。メイクとヘアセットまでして買い物へ行くだけだと言うのに気合いが入りすぎではなかろうか。
それに可愛いと思ってくれるためではなく、ただ心配をかけたくなかっただけなのだ。
目的がいつの間にか変わっている事に気がつき、一気に恥ずかしさが顔に集まる。

何を期待しているのだろうか、デートでもないのに。



「…入るぞ」
「えっ」



昨夜の様にすぱんと襖が開かれる。
応答のなかった事に心配したのか少し眉間に皺を寄せた冨岡さんがそこにはいた。
私の顔を見た瞬間、目がいつもの倍以上に開かれ、まじまじと私の顔や全体を観察する冨岡さん。その沈黙に耐えきれず思わず声をかけた。



「顔色が悪くて、お化粧してみたんですが…」
「…そうか」
「変ですかね…?」



相変わらずの無表情の冨岡さんの手の甲が、セットした髪の毛を優しく撫でた。
そして優しく微笑み「綺麗だ」と小さく私にしか聞こえない程の声量で呟いた。



思っていたよりも山道を進むと、木と木の間から賑わう街並みが見えてきた。
慣れない下駄で歩く山道は息が上がる、最近長距離を歩く事がなかったので余計かも知れない。

先に進む冨岡さんが振り返り手を差し出す。



「段差に気を付けろ」
「ありがとうございます」



差し出された手を握りゆっくり降りる。
私が辿々しく歩く姿を常に心配そうに確認しながら歩いてくれる冨岡さん。
家を出る前に言われた一言が未だに頭に残り、息切れからくる鼓動なのか彼のせいなのかわからない。



「着いたな」
「うわぁっ!」



私の目に映ったのは洋風和風の建物が混じり合う、とても綺麗な街並み。歩く人々も和装や洋装の人がおりとても賑わっている、建物と建物の間には鮮やかな旗が渡っており陽気な音楽が鳴り響いていた。

綺麗な風景に初めは感動していたが、余りの人の多さに息を呑んだ。
手に汗が滲む、先程まで綺麗に見えていた街並みはやはり現代とは違う事で違和感を感じ始める。

足が竦みそうになった時、私の手を握っていた冨岡さんの手に力が篭った。



「…大丈夫だ」
「冨岡さん」
「俺から離れるな」



この街に慣れているのか冨岡さんは私の手を引き、ずんずん足を進めて行く。
着いた所は市場で、魚屋、八百屋等の店主達が叩き売りの様に声を上げ活気付いていた。



「凄い、ドラマに出てきそう!」
「…ドラマ?」
「いや、何でもないです!冨岡さん何か食べたい物ありますか?」



ドラマのワンシーンに出てきそうなその市場を2人で見渡しながら買い物を進める。

八百屋では持って帰れそうな野菜を購入し、魚屋で冨岡さんが見つめていた鮭切り身を買った。
それらは持って来た風呂敷に包み、冨岡さんが持ち荷物を持つ手とは反対の手は相変わらず私の手を握っている。

冨岡さんの逞しい背中を見つめ歩いていると、甘い香りが鼻をかすめた。
その方向に顔を向けると、飴細工の屋台で1人のおじいさんが飴を練っている。
その手慣れた動きに思わず目を奪われ、足を止めてしまった。



「どれが欲しいんだ」
「えっ」



足を止めた私に冨岡さんが声をかける。
屋台には透き通る飴で様々な動物達が並べられており、どれもキラキラと太陽の光を反射し、眩い位に光り輝いていた。
ただ見惚れていただけで欲しいと思っていなかった私は思わず返答に困ってしまう。その姿を見た冨岡さんは私の答えは聞かず店主に話しかける。



「…1つ何か練ってくれないか」
「何か希望はあるのかい?」




店主は私達を真っ直ぐ見つめ飴を練り続ける。
冨岡さんと私は特にリクエストも無かった為、口籠もっていると店主は道具等を取り出し作業を始めた。



「無いようなら直感で作らせて貰うぞ」
「…あぁ」



店主は目にも止まらぬ速さで白い飴の塊を鋏を使っていとも簡単に形を変えて行く。
食紅で色をつけて出来上がったのは翼を広げた鶴だった。



「とっても綺麗」
「これは奥さんの」



店主は出来上がった鶴を私に渡す。
その鶴は大きく羽を広げており、今から飛び立つのかそれとも飛んでいるのか分からない。
鶴に目を奪われていると冨岡さんの分の飴細工があっという間に出来上がった。



「これは旦那さんの分な」
「作らせて申し訳ないが俺は甘いものが苦手なんだ」
「じゃぁ、奥さんにでも食べて貰いな。この分のお代は可愛らしい奥さんに免じていらねぇよ」



そう言い店主が私に手渡した飴細工は私とは違う、宍色をした兎だった。
その兎の顔には店主のミスなのか口元から大きな傷が付いている、だからお代は要らないと言ったのだろうか。

その飴細工を見た瞬間冨岡さんの顔つきが変わり、持っていた風呂敷を地面に落とすとその手を半々羽織の中に隠していた刀に添え、私を自身の背中に隠した。



「お前は何者なんだ」
「その兎に見覚えがあるのか」
「…冨岡さん?」



店主は先程とは打って変わって殺気を醸し出す冨岡さんにニヤリと笑いかけ口を開いた。



「お前さんには宍色の兎が付いてんだ」
「…なんだと」
「奥さんが来て兎は喜んでるぞ」



奥さんじゃないんだけどな…とまたもや勘違いさせてしまった事に罪悪感を覚える。

それと同時に殺気立っていた彼の雰囲気は消え、気づけばいつもの穏やかな雰囲気に戻っていた。
何も無かったかの様にひとつ分のお代を屋台に残し、地面に落ちた風呂敷を拾い上げて私の手を引いて歩き出した。
引っ張られ歩き出した際に、店主に向かって一応頭を下げる。



「幸せにしてやってくれな」



空耳かもしれない、飴屋の店主はボソッと私にそう呟いたのだ。
その言葉が引っかかったが私が立ち止まっても冨岡さんは足を止めてはくれなかった。
飴屋の店主は笑いながら手を振っている。



「冨岡さん、大丈夫ですか?」
「あぁ」



どこか無愛想な彼の前に兎を差し出す。



「食べてぴょん」
「…兎はぴょんと鳴かない」
「そこ気にする所じゃないですよ」



彼が持っていた風呂敷を取り上げて兎の飴を渡す。
そして今まで引っ張られていた手を、次は私が引っ張り近くにあった花壇の縁に腰を下ろした。
私の手を握ったまま前に立ち尽くす冨岡さんに隣へ座る様に、とんとんと花壇を叩き促すと断念した様にそっと腰を下ろした。彼はそのまま兎を見つめる。


この兎が何なのか私にはわからない。
ただ、私も彼の辛そうな顔は見たくないのだ。



「そんな顔してたらその兎さんも心配しますよ」
「…」
「それに何かお腹に入れれば落ち着きます、これ食べたらお団子か何か食べに行きましょう」



私を落ち着かせてくれた様に、彼の手を優しく強く握り返す。冷え切っていた彼の手に体温を分け与えるように。



しばらく兎を見つめ、それを口の中に入れた冨岡さんは何処か優しい眼差しで空を見上げていた。





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