09



名前は寝苦しさから目を覚ました。
目の前には冨岡の胸板が見える、覚醒していない頭で昨夜の事を思い出した。

泣いてる所を冨岡に見つかり、居間で寝ようと移動した際に抱きしめられそのまま彼の布団で寝かしつけられたのだ。
寝ている彼の腕の中でもぞもぞと動き、自分の瞼に手を添える。いつもならパンパンに泣き腫らしている瞼が、普段より薄く熱を持っていない。
毎朝冨岡が帰ってくる前に冷水につけた手拭いで瞼を冷やし、瞼の腫れをとるのだが今日はその手間が無さそうだ。

障子から溢れた光で日が上り切っている事を確認する。

思ったより寝すぎたらしい、数日前に冨岡が名前を布団に引きずり込んだ時も三度瞬きをした内に寝入ってしまった。



「安心して寝ちゃうんだよな〜」



名前は小さな声で呟き冨岡の整った顔を見つめ考える。
そういえば彼の年齢を聞いたことがなかった。外見からして多分同い年位だろうが、この落ち着きや安心感が醸し出せるのは鬼狩りと言う仕事をしているからだろうか。

ふと、名前の頭に大学の男の同級生の姿が過ぎる。講義中に馬鹿騒ぎし教授に怒られていたり、サークル内で誰の彼女を寝取った寝取られたで殴り合いの喧嘩をしたり…。
この人も現代で生まれ家族と仲睦まじく育ち、鬼なんかいない安全な毎日を過ごしていたのなら同級生達の様に年相応な彼だったのだろうか。
これまでにどれ程辛い思いをして来たのだろう、涙を流したのだろう。現代でぬくぬくと育った名前では想像も出来ない。
ふとした時に見える冨岡のあの寂しげな瞳を見ると、名前の心までもが締め付けられる様に苦しくなる。しかし、食事をしている時の彼の顔は違う、その時だけは同級生の様に年相応な彼が見えるから。



気づくと名前は優しく彼の頬を撫でていた、閉じられた彼の目から一筋の涙が流れる落ちる。それと共に名前の腰の上にあった冨岡の腕が、頬に置かれた彼女の手を包み込んだ。



「…起きてたのか」
「あっ、おはようございます!昨日はすみませんでした」
「別にかまわない」



彼の手は寝起きでポカポカと暖かい。
その体温が気持ちよく、目が覚めていた筈なのに大きなあくびが名前の口から出て行く。

冨岡は名前の手が冷たくなっているのが気になり、握った手に力を入れ暖かくなるのを待った。
その間は名前の細い指が頬に当たり、少しくすぐったいがそれが心地が良く、思わず頬を擦り寄せる。



「ふふっ、昨日とは逆ですね」
「…あぁ」
「私の手冷たくないですか」



冨岡のお陰でだいぶ末端に体温が宿ったが彼の手に比べればまだまだ冷たい。
元々冷え性だが、名前は水仕事を好む。今の季節まだまだ冷え込む日が多い上に、炊事場は水柱邸の何処よりも寒いのだ。
そんな所に常日頃いるものだから、最近はずっと手先、足先が冷えている事が多い。



「だいぶ暖まってきたな」
「えへへ、冨岡さんのお陰でポカポカです」
「火鉢に炭を熾こしてくる」



握っていた名前の手を離し、勢いよく布団から起き上がる冨岡。火照った顔を名前には隠し着崩れた寝間着を整えながら慌てて居間の方へ出ていく。
急に冨岡がいなくなった事で布団の中に冷気が入り、名前もやっと布団から起き上がる気力が出てきた。

普段寝ている部屋に戻り、手慣れた手つきで寝間着から着物に着替える。



「しまった…、おかずがない」



着替え終えたのちいつものように炊事場へ向かい、朝食は何にしようかと食材を見渡したがメインになりそうな物がない。
いつもは週に一度隠の人が2人分食材を買って持ってきてくれるのだが、炭治郎や宇髄等の急な来客があったため次の配達までに食材を切らしてしまった。

限りある食材を目の前に並べ頭を抱える。
とりあえず、焼きおにぎりを作りその上に昨日取った出汁をかけて茶漬けを作った。



「す、すみません…、食材がなくってこんな貧相な食事になっちゃいました…」



しゅんと昨日宇髄に見せたように項垂れる名前。
お膳に並んでいるのは、味噌を塗って焼かれたおにぎりに三つ葉が彩りで飾られている物と急須に入れられた出汁。あと、先日漬け始めたぬか漬けが盛り付けられていた。



「これで十分だ」
「でも今日の夕飯はどうしましょう…」



先程米びつを確認すると、今日の夕飯分があるかどうか位だが確実に減っていて底が顔を出していた。
最近の冨岡の食べっぷりを見るに多分足らないであろう、幸いご近所さんから頂いた蕎麦が残っているのでかけそばは出来る。
献立に頭を悩ます名前に冨岡が声をかけた。



「買い物に行くか」



冨岡はいきなりの提案で目を白黒させている名前を見つめる。
その後、縁側にいる鎹烏に目を向けても任務の伝達も特に無いのか落ち着いて昼寝をしていた。

ふと、先日蝶屋敷へ行った際に家主である胡蝶に名前を外へ連れ出し慣れさせるようにと言われたのを思い出したのだ。
水柱邸へやってきてからの、彼女の移動範囲は水柱邸を軸に半径数メートルと言った所だろう。最近はご近所の話を名前からよく聞くが名前からそっちへ伺っているわけではなく、年端もいかない女子が嫁いできたと噂が広まったのが幸いで年配の夫婦が訪ねて来てくれているのだと冨岡は推測する。


うってかわって名前は、この時代の街がどんな物かどれ位人がいるか、自分が行ってもし倒れでもしたらどうしようと不安な部分もあったが今日の夕飯には変えられない。
居候の身で唯一の特技である料理も出来なければ、唯々この家に住み着く寄生虫となってしまうからだ。



「ここから少し距離があるが歩けるか」
「はい、歩くの得意です!」
「なら行くぞ」



内心ドキドキしている名前と少しでも症状の緩和を考える冨岡は各々の部屋で準備を始めるのだった。





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