※現代パロ
※+10歳設定



株式会社KISATSU、大手広告代理店だ。
その会社でもうすぐ三十路を迎えそうな私は、この会社で骨を埋める覚悟は出来ていない。

仕事はできる方だと思う、営業一課の主任にまで上り詰めたのだから。同期の中でも役職についていない奴もいる中、ここまで出世出来たのは私の誇りであり足枷となった。



「名前さん、頼まれてたデータ出来ました」



営業一課のデスクに単身で乗り込んで来たこの男。いや、私からしたら"男の子"はステーション課でSEを務める時透無一郎君。
長いサラサラな髪の毛揺らしながら、私の元にやってきた彼は去年新入社員としてうちに来たのだが、今年の4月にはステーション課の主任に任命されていた。



「ありがとう、時透君。でもデータで送ってくれてるからわざわざ来なくても大丈夫よ」



社内パソコンのメールで他の部署とも契約先とも連絡を取り合うので、頻繁にチェックをしている。それは自分だけではなく、部下にも口煩く伝えている事だ。
なので、わざわざ他部署に乗り込んで来なくてもいい。それに見てない様であれば、それこそメールで連絡するか内線を鳴らしてくれれば済む話なのだ。



「名前さんは鈍いなあ」



端正な顔に笑顔が張り付いた、真顔で何を考えているかわからない表情が多い彼の笑顔はどこかゾッとする時がある。
彼の笑顔に少し怯えているとランチタイムを知らせるアナウンスが社内を耳を揺らした。



「お昼、一緒にいきませんか?」



逃げ場は無いだろうとドヤ顔でこちらを見つめる時透君。どうやって逃げようか考えていると、営業一課の扉が元気に開いた。



「竈門炭治郎、只今外回りから帰って参りましたー!」



大きな声で自分の帰宅を知らせる竈門に、営業一課の皆は小さく笑う。やってしまったと赤く頬を染め、頭をかく彼は時透君が私のデスクにいるのを見つけると嬉しそうにこちらにやって来た。



「時透君、きてたのか!連絡しても返事がないし、心配してたんだ」
「炭治郎久しぶり、連絡返すの忘れてた。ごめんね」
「元気そうで良かった!そうだ、今から善逸達と昼飯行くんだけど一緒にどう?」



これはチャンス、このピンチを乗り切る助け舟を竈門君が出してくれた。よく出来た新人だ、問題児3人組で有名だった彼らだが最近は仕事内容にも慣れたのか次々と実績を上げ活躍している。

デスクに散らばっていた書類を纏めて、時透君の背中を軽く押す。



「ほら、同期と仲良くしてきなさい。それも仕事の一貫よ」
「じゃぁ、名前さんも一緒に…」
「そうですよ!名前さんも一緒に行きませんか?」



いやいや、こんなおばさんがフレッシュな男の子と一緒にランチしてたら後で何を言われるやら。

手に持った書類をぴらぴらと2人に見せ、デスクから立つ。
時透君に引き止められそうになったがひらりとかわし、竈門君が入って来た扉へ向かった。



「ごめんね、実はこの後ミーティングなの」
 


「また、誘って。」と一言残し営業一課から立ち去ると背にある営業一課から時透君の文句が聴こえたが聴こえてないふりをした。

各部署の主任が待つ”会議室3”の扉をノックするが、中から返事は聞こえず扉を開けるとやはり誰も居なかった。
こんな事ならお昼ご飯を持って来たらよかった。ミーティングが長引けばお昼抜きのパターンだろう、今回は大きな打ち合わせが何件か入っているのでそれになる可能性が高い。
考えているうちにぞろぞろと主任達が集まってきてミーティングが始まった。



結局お昼を食べれず終い、休憩もトラブル対応で取り損ねてしまい夜まで胃に何もない状態で今季の打ち上げを開催する料亭に到着した。
全部署の全社員が参加する打ち上げなので疲れたと言って欠席する事は許されない。ヘロヘロな状態でお店へ着くとピンク頭の美人が私に手を振った。



「名前ちゃーん!こっちよー!」
「蜜璃!お疲れ〜!」



同期入社で現在は秘書課の主任である甘露寺蜜璃が隣の席を叩いて座れとアピールしている。
蜜璃の反対側の横には同じく同期の伊黒、その前に冨岡、私の前には不死川が座っていた。



「皆早くない?」
「名前ちゃん所トラブル続きだったもんね」
「厄介な新人引き取るからだァ」



不死川は相変わらずネクタイはせずシャツを第三ボタンまで開けて、ベストを着用している。
こんななりでよく営業二課の主任になれたものだ、昨日二課に異動になった後輩が泣きながら電話をかけてきたのを報告すべきか悩んでいる所に経理課のしのぶや、海外統括課の宇髄等が続々と現れいつのまにか打ち上げは始まった。

空きっ腹にお酒を入れるのに抵抗はあったが、目の前に冷えたジョッキと黄金色を見た瞬間そんな悩みは潰えてしまった。



「あぁ〜、おいしい!」
「相変わらず、女の飲みっぷりじゃねぇな」
「宇髄さんが手出してる女子にはいないでしょ」



宇髄の額に汗が伝った。私は知っているのだ、秘書課の雛鶴ちゃん、経理課のまきをちゃん、食堂でアルバイトしている須磨ちゃん。
私が知っているのはこの3人だが、先日給湯室で口説いていたのは3人とは違う女の子だった。

アルバイトの須磨ちゃんはこの席にいないが、他2人は遠く離れた席に座っている。
バレたらまずいと明らかな表情をし、唇に人差し指を当てて「言うな」と私に示している。
その顔が面白くてケタケタと笑っていると、横にいた蜜璃が私のシャツの裾を引っ張った。



「ねえねえ、無一郎君がさっきからこっちを睨んでるんだけど…」
「えっ?」



蜜璃が指差す方を見ると、時透君の周りには同い年位であろう可愛らしい女の子数名が取り巻いており、気を引こうと各々が彼に声をかけている。
当の本人はその子達の会話に相槌は返しているのだが、こっちに熱い視線を向けている物だから周りの女の子達は不服そうだ。彼の態度は彼女達に興味がない事が一目瞭然の為、取り巻きの子達が哀れに思える。

私は気づいていないふりをしたが蜜璃があまりに心配そうにするので、「次何食べる?」と声をかけ話を逸らした。



彼に付き纏われ出したのは半年前にプロジェクトを共に担当した頃からだった。
クライアントの拘りが強く何度も彼と打ち合わせしたが、別にこれと言ってトキメキイベントがあったわけでもない。
淡々と企画内容を2人で詰めていった記憶はあるが、それよりもクライアントが嫌味ったらしい奴だったので時透君よりもそっちの方が印象に残っている。



「名前ちゃん大丈夫?顔赤いわよ」
「んん〜、ちょっと飲みすぎたかな〜」
「空きっ腹に酒等入れるからだ、もっと計画的に呑める歳だろう。甘露寺に迷惑をかけたら俺が許さないぞ」



やはり最初に懸念していた空きっ腹に酒が今になって祟ってきた。
いつもより早く酔いが回ってきたのだ、ふわふわととても気持ちがいい。蜜璃の後ろからグチグチと愚痴を溢す伊黒に対しても普段ならメンチの切り合いになるのだが、酔いの影響で自然と口角が上がっているのがわかる。
気味が悪そうに引きつる伊黒に対し、「酔ってる名前ちゃんも可愛い!」と両手を己の頬に当てうっとり私を見つめる蜜璃。
彼女も相当酔っている様に思う。

このまま飲み続けると多分家まで持たず、道端で世を明かす事になりかねない。
皆の目線が私から途切れた時、気づかれない様にそっと座敷を抜け出す。

外へ出ると冷たい空気が、赤く染まった頬を撫でた。本当はすぐに暖かい部屋に入りたくなる位冷えているのだろうが、酒が回っているせいで何も感じない。
少し酔いが醒めるまで外の空気に当たろうと、お店の入り口横に置いている混み合った時に使うであろうベンチに腰を下ろした。



「ねえねえ、そこのお姉さん」



ほっと息をついたその時、金髪でいかにもチャラ男風な男性が声をかけてきた。
にこにこと無害そうな顔をして近づいてくるが、多分ナンパか勧誘かの類だろう。無視して店内に戻ろうと先程座ったばかりのベンチから腰を上げた。



「待ってよ、お姉さん」
「ちょっと離して」
「抜け出してきたの?だったら俺とお茶でもしに行こうよ」



男は私の腕をしっかり掴んで離してくれない。
どれだけ振り解こうとしてもぎゅっと力を入れたまま頑なにそれは離れてくれないのだ。

酔いがまだ回っているのもあり、上手く力が入らず足元もふらついている私をその男はさらに引っ張った。



「ほらこんなに酔ってんじゃん、俺良いとこ知ってるよ」
「いい加減にしないと大声出すわよ」
「気が強いのいいね、出しなよ塞いでやるから」



更に強い力で引っ張られ男の顔が一気に近づく、その時、私と男の間に第三者の掌が入り壁を作った。
男もその人物の気配に気付いていなかった様で、いきなり出てきた掌に驚き私の手を握っていた力を少し緩めた。
その瞬間、私の目の前にあった掌が後頭部に周りそのまま違う方向に引っ張られ気づけばチャラ男ではない誰かの胸の中。
ぱっと顔を上げると、先程まで女子に囲まれていた時透君が真顔でチャラ男を見つめている。



「僕の名前さんに気安く触んないで」
「はあ?酔ってるから介抱してやってたんだよ」



時透君は私をチャラ男から遠ざける用に抱きしめる。
息を吸うと、冷たい空気と共に彼の匂いが肺を巡った。華奢に見えていた彼は意外と筋肉質で、細そうに見えていた腕は私より太く"男の子"ではなかった事を痛感する。

暖かい彼に抱かれ、一気に張り詰めていた緊張が解け目から涙が出そうになった。
久しぶりに強引なナンパに合い、気を強く見せていた物の少し怖気付いていたのだ。
しかし安心するにはまだ早く、頭上では時透君とそのチャラ男が未だに言い合っている。



「お前、お姉さんの何なの?」
「あんたには関係ないでしょ」
「なんだ男と女の関係じゃねぇんだ」



思った以上にチャラ男はしつこく、時透君を煽る。

時透君とも何もなけれはお前とは特に何にもねぇよと心の中で悪態をつく。
チラリと彼を見上げると表情に変化は無いが、額には青筋が浮かび上がっているのが見えた。



「わかった、このお姉さんに惚れてんだ」
「…ほんと僕の神経逆撫でする奴だなあ」
「おぉ、余裕ねえ事」



ニヤニヤと笑いながら煽り続ける男。
2人と後に引けなくなったのだろう、言い合いは終わる様子もない。
さっきまで何も感じなかった外気だが、段々と酔いも覚めてきた事から寒気がし出した。早く室内に入らなければ、風邪をひいてしまいそうだ。痺れを切らして私は口を開いた。



「私に惚れてるのは当たり前よ、だって私の彼氏なんだから」
「「えっ?」」



チャラ男と時透君から気の抜けた声が発せられ、2人ともが私を見た。
私を見つめる彼に「話を合わせろ」と表情で伝えると、感の良い彼は気づいた様で驚いた顔から再び真顔に戻りチャラ男を見据える。



「残念でした、そう言う事だから」
「くっ、じゃぁ付き合ってる証拠見せろよ」
「はあ、馬鹿なの?」



呆れた様にため息をつく時透。
チャラ男はニヤリと笑い、また彼を刺激する。



「証拠を見せてくれないんなら、俺はお姉さんが付き合ってくれるまで付き纏うぜ」
「それはキモすぎるでしょ」
「その社員証、KISATSU社だろ」



私の胸元を指差すチャラ男、そこに目線を下げると見事に取り忘れた社員証が首からぶら下がっていた。慌てて手で隠すが時すでに遅し。
しかも大手企業なのでオフィスがどこにあるか等ネットが普及した今はいとも簡単にわかってしまう。

ストーカー紛いな発言を聞き、またさっきまでの不安がもう一度私を襲う。恐怖のせいで心拍数が上がり、手先が震えだした。



「証拠見せればいいんだね」
「あぁ、まあ付き合ってんならキス位出来るよな」



強気な時透君の声に思わず俯いていた顔を上げると、目の前にあの端正な顔つき。綺麗な瞳に飲まれそうにらなっていると、気づかぬうちに唇と唇が重なっていた。

驚きで離れようとするが後頭部を抑えられて逃げられない、彼の舌がとんとんと私の唇を開けようとしてくる。
流石にそこは許してあげられないと硬く口を結んでいると、ムッとした表情をした後頬にあった彼の親指で無理やりこじ開けられた。



「んっ、ふぁ…」
「名前さん、逃げないで」
「んん、ぁっ、やだぁ…」


小さく空いた口から舌が侵入し、私の舌を絡めとろうとする。逃げていた舌が絡めとられ、どちらの唾液かわからないものが私の口から垂れるのがわかる。
手慣れすぎているキスに、頭がまたもやふわふわとしてくる。もはや時透君に腰を支えて貰わなければ立っていられない状態だ。



「んぁ、はぁっ…」
「ふぅ、御馳走様でした」



唇が離れた時には息が上がり、目頭が熱く涙が溢れた。垂れていた唾液を舐めとられた時に我に返った私は、年下に翻弄された事と久しぶりの色事で顔がこれでもかと言う位赤く染まっていった。

あのチャラ男はいつの間にか消えており、今は2人きりだ。
居た堪れないこの空気を先に切ったのは時透君の方だった。



「名前さん、2人で抜けません?」



その言葉に顔を上げると、そこにはやはり"男の子"ではなく"男"の顔をした彼がいた。

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