※お題部屋シリーズ




私は、不死川実弥さんが苦手だ。
苦手と言うか、怖い。とにかく怖い。顔も怖いし、体中についている傷も痛々しいし怖い。
それに女性隊士にはあまりないが、男性隊士への暴言や訓練と名乗った暴行が悍ましすぎるからだ。


今日は同期入隊である村田と呑みにきているが、柱合会議の時は怖かった、柱稽古が厳しくて辛い、吐いて気を失うまで辞めてくれない等々と村田の口から留まる事のない風柱様の悪評。
大分酔っているのか、村田の口は止まらない。
本部から近い飲み屋なので他の隊士やそれこそ柱がいないか何度か周りを確認する。



「いいよな〜、名前は甲だから柱稽古免除で!」
「いや、まあ、普通に任務はあるよ」



そう、こんな気弱な私も一応階級は甲。
このデロデロに酔っている村田より上なのだ。


甲にもなるとやはり柱との任務も増える。
胡蝶様、甘露寺様との任務は女性同士って言うのもありそこまで辛さは感じない。時透様や冨岡様はあまり会話をしてこないので気が楽だ。

しかし、最初にあげた風柱様は違う。
時透様や冨岡様の様に会話はないのだが、すぐ舌打ちをしてくる。何かにつけてだ。そして何より戦闘中のあの笑みが怖い。どっちが鬼なのかわからなくなる。
しかし、最近風柱様との任務が多く苦手だとお館様に直談判しに行っても減る事はなかった。


酔い潰れた村田を揺さぶりなんとか起こす。
勘定を済ませて、デロデロの村田の腕を自分の肩に巻き半分引きずる様に出入り口まで運ぶ。
扉を開けようとした時、入ってくる客人が私より先に扉を開けた。

そこには先程まで話題の人だった、風柱様が立っていた。



「あァ?」
「かっ、風柱様!!?」



思わず村田を担いでいる事を忘れ、頭を下げる。
いきなり支えられていた物がなくなりふらついた村田はそのまま風柱様にぶつかった。
やばい、村田の事忘れてた。と我に帰った時にはもう遅く、村田も酔いが冷めたのか青白い顔をして風柱様を見つめていた。



「おい、明日も稽古だってのに女と呑みに来てるとはいい御身分だなァ」
「ひっ、す、すみませんでしたぁぁあ!!」



私を残して店を飛び出す村田。
ごめん村田、明日の稽古頑張ってくれ。
そして私を残して先に逃げた事、一生恨むぞ。

村田が走って逃げた方を風柱様は見つめ、「俊敏に動けんじゃねェか」とぼそっと呟いている。
しれっと少し空いている隙間から外へ出ようとした時、風柱様の後ろに隠れて見えなかった宇髄様、伊黒様、甘露寺様が私を呼び止めた。



「名前ちゃんもここよく来るの!?」
「か、甘露寺様…」
「もう帰っちゃうの、食後の甘味でも一緒にどう?」



気弱な私は柱のお誘いを断われる事は出来ず、そのまま甘露寺様に手を引かれもう一度席に戻る事になった。
私の左横は壁、右隣は甘露寺様。そして目の前にらあの苦手な風柱様。
一瞬、目が合ったがやはり舌打ちをされ目を逸らされた。

結局甘味だけでは収まらず、宇髄様に酒を進められ断われる筈もなく追加で呑んでしまった。
小一時間失礼の無いように接待していたが、任務後の呑みだったのと村田と一升瓶を空にしていた事もあり酒が強い方の私でもふわふわと気持ち良くなってきていた。



「名前ちゃん、大丈夫?」
「だ、だいじょーぶれす…」
「呂律が怪しいぞ」



宇髄様と甘露寺様が心配そうに私を見る。
伊黒様は心配する甘露寺様を熱い視線で見つめている、心底私の事はどうでも良さそうだ。

心配させない様にと宇髄様と甘露寺様に笑いかけたその時、前にいた風柱様がガンっとお猪口を机に荒々しく置いた。椅子が倒れる勢いで立ち上がり、私を睨む。
思わず彼から目を逸らし、顔を机の方に伏せた。



「人に心配される位なら酒なんざ呑むんじゃねェ」
「不死川、落ち着け」
「私達から誘っちゃったんですもの、名前ちゃんは悪くないからね」



俯いていても彼の殺気で睨まれてるのがわかる、怖すぎてそっちを見る事が出来ない。酒も入り涙腺が緩んでいたのか、恐怖からなのか分からないがポロリと涙が流れた。
甘露寺様と宇髄様がギョッと目を見開き、伊黒様は相変わらず甘露寺様を見つめている。

一度出た涙は止まらず、滝の様に流れ出る。
興醒めさせてしまった事を詫びようとするが、発せようとした言葉は嗚咽に変わり余計事態を悪化させた。



「あーぁ、不死川が泣かせたー!」
「名前ちゃん!誰も怒ってないわ!!」
「どうやって責任を取るつもりだ」



全員に責められ今世紀最大の舌打ちをした風柱様は、どかどかと荒い足音を立て私まで近づき手を引いて歩き出した。
後ろからは甘露寺様の歓声と、宇髄様の冷やかす様な声が聞こえたが私は涙と冷や汗しか出ていない。

扉を開け2人とも外へ出た瞬間、さっきまで薄暗い路地だったのが辺り一面真っ白の世界に変わった。
酔いが周りふわふわしていたものの異様な変化に体が反応し、日輪刀を握る。それは彼も一緒だった。



「なんだァ、鬼の仕業か?」
「…風柱様あそこに何か書いてあります」



真っ白の部屋には座布団2枚と端には甘い香りのお香、そして一方の壁に張り紙がしてありその上には60分と大きく映し出されていた。

張り紙には『一時間、抱き合え』と書かれている。

風柱様はまたもや舌打ちをし、手に取った張り紙をくちゃくちゃに丸め投げ捨てた。そして近くにあった扉に刃を奮う。
しかし扉はびくともせず一向に開く気配もない、辺りからは何も感じず2人きりの密室だとわかる。

ガンガン攻撃を決める彼を初めは立って見ていたが、酔いからか睡魔に襲われ思わず座布団に座り込んだ。うつらうつらと船を漕いでいると、それに気づいた彼は私に近づき短めの羽織りを私にかけた。



「すっ、すみません!次は私がかわります!」
「今のお前は役立たずだァ、ここで待ってろ」



確かに酔いから来る睡魔のせいで足元もおぼつかないが、柱1人にやらすのも部下としてどうなのか。
しかし、柱である彼がこんなに攻撃しても壊れないのであれば私には到底無理なんじゃないかとも脳裏に浮かぶ。

私は意を決して彼に提案した。



「風柱様、いっその事張り紙を試してみませんか?」
「…何言ってやがる、嫁入り前の女なんか抱けるかァ」
「抱擁だけです、私なんかと嫌かもしれませんがそれに従うのが1番早いかと…」



彼の目が怖く言葉尻がどんどん小さくなる。

彼は舌打ちではなく、一つ盛大にため息をつき座布団の上に腰を下ろした。そのまま手を広げ、早く来いと言わんばかりに視線を向ける。



「えっ?」
「早くしやがれェ」 
「あっ、し、失礼します…」



目をガッと見開く顔が怖すぎて、渋々手を広げている彼の胡座の上に腰を下ろす。そのまま背中に手を回し、肩に顔を埋めた。

彼もそのまま私の背中に手を回し、ぎゅっと力を込めてくる。その手つきは優しくまるでガラス細工を壊さないように扱うようだ。
意外な一面にドキリと胸が高鳴る、一息吸うと甘いお香の匂いと共に彼の匂い、さっきまで飲んでいた酒の匂いが肺に入った。

壁の数字は60からどんどん進んでいく。



「…さっきは悪かった」



お互いの体温が気持ちよく、彼に体を預けてまた船を漕いでいるといきなり謝られた。
覚醒していない頭を起動させ、言葉を繋ぐ。



「い、いえ、私も取り乱して申し訳ありませんでした」



不死川は優しく名前の頭を優しく撫でた。
本当はいつもこうしたかった、任務の時柱の足で纏いにならぬ様色々考えながら立ち回る姿も、心配かけない様に笑うのも全部不死川は見ていたのだ。
必死で頑張る名前を目で追っているうち、不死川は感心から恋心へと変わっていった。


頭を撫でられるのが気持ち良く、そのまま名前は不死川の腕の中で眠りにつく。


なんて危機感のない奴なんだ、そもそもあんな時間まで男と2人で呑んでる時点で危機感なんてないのだろう。
疲れているのに断れず付き合わされたり、これをしなければ出れないと分かっていても女から抱き合おうと提案するのはどうなのか。
貞操観念が緩い名前を見ると腹が立ち、思わず舌打ちが出てしまう。

そう、簡単に言えば不死川の嫉妬なのだ。
その嫉妬のせいで今回泣かせてしまったわけだが、やはりこの貞操観念の緩さをなんとかせねばならない。
目をやった張り紙の上の数字は、残すところ数秒となっていた。好きな女を抱いて一時間よく我慢したと自分を褒める。

寝息をたてて寝ている名前を担ぎ、そのまま自宅へ直行する不死川。


次の日、風柱邸から断末魔が響き渡ったのはいうまでもない。

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テーマ「人外ファンタジー」
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