※主人公柱設定
※お題部屋シリーズ




私は冨岡義勇さんの事が苦手だ。
何を考えてるかわからない、ミスをしても何も言ってくれない、逆もそうで褒めてもくれない。
冨岡さんも私の事が苦手なのだろう、あまり話かけてこないしなんなら避けてるようにも思う。

しかし、お互い階級は柱なので苦手と言う理由で共同任務を避ける事はできない。

近頃何故か2人での任務が続いており、今日もそうだった。



「あっさり終わりましたね」
「…あぁ」



鬼を無事倒し竹林を出て、帰路に着こうと踵を返したその時、あたり一面竹でいっぱいだった視界が一気に真っ白に変わった。



「えっ?」
「血鬼術か」



お互いに背中を合わせ利き手は刀に添えるが、鬼が出てくる様子も何かが起こる様子もない。
辺りを見回すと只々真っ白な壁と座布団2枚、隅の方に甘いお香が焚かれている。

刀に添えた手はそのままにし、狭い箱の様な部屋を2人で探索する。壁に刃を奮ってみるがびくともせず、あまりすると刃の方が欠けてしまいそうだ。

冨岡さんは一方の壁の前でなにやら一点をじっと見つめている。
何か見つけたのなら一声かけて欲しい、その態度は私に声をかけても意味がないと言われているように感じてしまう。



「冨岡さん、何かありました?」
「…これをすれば外へ出れるらしい」
「これとは?」



冨岡さんが指差す所には、張り紙がしておりその下にはドアノブが付いていた。ドアノブを回すが鍵がかかっており開く様子はない、仕方なく刀を扉へ向けた所で、刀を握っている私の手に彼の手が重ねられた。



「無駄だ、俺もさっき試した」
「そうなんですか」
「落ち着いてこれを読め」



もう一度張り紙に目をやり、そこに書かれた文字を読む。

『一時間、手と手を握れ。』

その張り紙の上に目をやると、59分40秒と表示されていた。さっきから冨岡さんが刀ごと私の手を握っているからだろう、その数字はどんどん進んでいく。

ぱっと冨岡さんが手を離すとその数字はまた60に戻り全く進まなくなった。外に出る方法はこれしかないらしい。



「手を握らせて何になるのでしょう」
「鬼の仕業なら、柱の俺達を足止めしたいのだろう」
「ではその鬼の仕業ではなかったらなんなんです?」



さっきも言った通り、殺気も何も感じないこの空間は私達2人きりなのだ。それに竹林にいた鬼は1匹残らず倒したではないか。
私の問いかけにきょとんとした顔をする冨岡さん、私は1つため息をつき近くにあった座布団を渡す。



「これしか方法がないので、ちゃっちゃとこなして外へ出ましょう」
「…そうだな」



2人で座布団に座り、床に置いた私の手の上に冨岡さんが同じく手を重ねる。手が触れ合っていれば握らずとも良い様で、張り紙の上の数字は順調に減っている。

冨岡さんと私は特に話す事もなく、お互い違う方向の壁を見つめる。

彼は本当に何を考えてるかわからない、どうして私にだけこんな態度なのだろう。寡黙で誰かと頻繁に話し込んでいる印象はないが他の柱とは私より会話している姿をよく見る。
しのぶちゃんとは任務帰り2人で昼食を取ったらしいし、この前の柱合会議の時には宇髄さんにぶつかり転んだ蜜璃ちゃんの手を引いて立ち上がらせていた。

私には昼食のお誘いもないし、転んでも手を差し出してくれた事なんて今までもこれから先もないだろう。
伊黒さんみたいにネチネチ考えていると、その張本人が口を開いた。



「名前は俺が嫌いか」



まさかこの場でそんな事を聞かれるなんて思っても見なかった。

嫌いではない、苦手なのだ。
彼のおかげで今まで感じた事のない感情が私の心を乱すから。
決して嫌いではない、寧ろ慕っているのに。



「嫌いではないです、苦手ですけど」
「どうして苦手なんだ」
「どうしてと言われても…」



私だってお昼に誘って欲しい、転んだら心配して手を差し伸べて欲しい。こんな子どもじみた事を言ったら彼はどんな反応をするだろう。



「何を考えてるかわからないからです」



無難に返してしまった。手を触れられているだけで本当は心臓が飛び出てしまいそうなのに、今日は珍しく彼が色々聞いてくるから余計に鼓動が早くなり冨岡さんに聞こえていないか不安になる。



「…そうか、俺はずっと名前の事を考えている」
「へー、そうなんですか…」
「あぁ、そうだ」
「…えっ?」



想いもよらぬ言葉に驚き、顔を冨岡さんの方へ向けると、さっきまでギリギリ手が重なる距離にいたのにいつのまにかすぐ側に彼がいる。
すぐ側にいるのに顔を覗き込んでくるのでとても顔との距離が近く、慌てて離れようとすると重なっていた手をぎゅっと掴まれた。



「手を離すともう一度最初からになるぞ」
「うぅっ…」



ちらっと数字を見るとあと残り10分5秒だった。
本当は今すぐにでも手を振り払って距離を取りたいが、それでは一生この部屋から出れやしない。
しかし、少しでも距離を取ろうとずりずりと後ろへ後退するが、それに合わせて冨岡さんも前へ前へと距離を詰めてくる。

しまいには背中に壁が当たり、逃げ場がなくなった。



「本当は普段からこうやって触れたかった」
「嘘、私の事避けてたでしょう」



目も合わせてくれない日だってあったじゃないか。
挨拶しても無言の日もあった、蜜璃ちゃんとしのぶちゃんと冨岡さんが話している時に声をかけたら1人どこかへ行ってしまう時もあった。

だから、この恋は辛いだけだと言い聞かせて諦めかけていたのに。
この人はまたそうやって私の心をかき乱す。



「避けてない」
「目も合わせてくれない時もありました」
「目を合わすと、こうして名前に触れたくなるから極力合わさない様にしていた」



私の手を握っていない彼の手が私の頬を撫で、崩れていた髪の毛を耳にかけた。
触れられた頬と耳に血液が集まるのを感じる。



「挨拶しても無言だったじゃないですか」
「話しかけられたのが嬉しくて、どう返せばいいかわからなかった」
「じゃぁ、しのぶちゃんと蜜璃ちゃんと何を話してたんですか」



俯いていた顔を冨岡さんの手が持ち上げる、ずっと望んでいたように彼の目には私がしっかりと写り込んでいた。
冨岡さんは止まることをしらず、どんどん顔を前へ前へと近づけてきてこつんとおでことおでこがくっついた。



「…近いんですが」
「近づいてるからな」
「離れて貰っていいですか」



どくどくと信じられないぐらい鼓動が速い、それに合わせて呼吸も速くなっている。
それに今更になって部屋の端から香る、あの甘い香りが効いてきたのか頭がクラクラする。



「胡蝶と甘露寺には名前との任務を代わって貰っていた」
「…はっ?」
「お館様も了承済みだ」



最近2人の任務が多かったのはそう言うことか。
本当はしのぶちゃんと蜜璃ちゃんとの合同任務だったのだ。…これは帰ってから2人を問い詰めないといけない。

冨岡さんの硬い親指が私の唇を撫でる。
先程からくっついているおでこから伝わる熱、冨岡さんの息遣い、甘いお香が重なり全身の血が沸騰しているのかとても熱い。



「…名前」
「は、はい…」
「俺の事が嫌いか」



嫌いならばとっくの昔に一発入れて逃げている。
首を小さく横に振ると私を見つめていた瞳が一瞬揺れ、彼の口角が上がった。
「そうか」と囁き、私の唇に噛み付いた。

全てこのお香のせいにしてしまおう。
彼の口づけに答えながら、自分への言い訳を考え続ける。
彼の後ろで"カチッ"と何かが開く音が鳴った。それと同時に、隊服に彼の両手が入ってくる。

私の体を這う彼の手が心地よく、扉が開いた事には気づかぬふりをした。

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