目の前にいるのは同期入隊で現在の蛇柱様。
そして私は、しがない一般隊士だ。

任務終了後、やっと自宅の風呂にゆっくり入れるとるんるんで帰宅していたのだが運悪くこの蛇野郎に捕まってしまった。
昼時だった事もあり、近くの定食屋に入り2人で昼食を取った。

そして、今は蛇野郎の愚痴を聞いている。



「隊員の質が悪いと柱への負担が大きすぎる、どうしてお前らはあんなにのろくてとろいんだ」
「それはすみません、今回も蛇柱様のお手を煩わせてしまったようで」



一刻も早く帰りたい。

彼が柱になる前は誘われても無視して帰る事もあったのだが、階級が上がり上司になると無下にもできず毎回捕まってしまう。

食後のお茶を何杯おかわりしただろうか。

任務後の疲労で頭がぼーっとする、気を抜けば寝てしまいそうだ。
それに、鬼に刺された脇腹の傷口もズキズキ痛みだした。呼吸を使い出血を抑えていたが、無理やり入れた昼食が睡魔を誘い、巻いている包帯が血液を含んで重くなるのを感じる。



「鬼を連れた剣士等信じられぬ、甘露寺は気に入っているようだが俺は認めてやらん。大体何故あんな奴が可愛いと思えるのか」
「良い子ですもんね、竈門君」
「お前まで奴の肩を持つのか、信じられん」



目の前が霞み出す。

しかし相変わらずネチネチ話す伊黒は私の事など露知らず、今は甘露寺様の話をしている。ずっと文通をしているらしいが、最近の内容が鬼を連れた剣士である竈門炭治郎君の事ばかりで不服なようだ。
相変わらず、甘露寺様の事を話す彼は嬉々としており自分が入る隙間なんてこれっぽっちもない事を思い知らされる。

怪我していても誘いを断れずに乗ってしまう理由は簡単だ。
彼の心に入る隙間なんてないのに、私を見つめて私の話をしてくれる事なんてこれまでもこの先もないと言うのに。


涙が出そうになった瞬間、気が抜けたのか目の前がチカチカと白黒し全身に力が入らなくなった。
今まで見えていた机が上下に反転し、床に体が打ち付けられたのがわかる。

走る伊黒の腕の中で、これまで見た事のない程焦る彼を見て意識が途切れた。




目を覚ますといつもお世話になっている蝶屋敷のベッドの上。
どうやらまだ天国へは行けなかったらしい、いっその事神様もそちらへ連れて行ってくれればいいのに。

起き上がろうと力を入れた時、右手を誰かに掴まれているのに気付いた。
そしてそれは私の目をぎょっとさせる人物だった。



「どうして」



そう、私をここまで運んだであろう柱。
伊黒小芭内が私の右手を握りながら、ベッドの横の椅子に座り眠っているのだ。
いつも着ている羽織りには返り血なのか彼の血なのかわからない物で汚れている。

まさかの展開に目を点にしていると、開いていた扉からノックが数回聞こえた。
そこに立っていたのは、これまたいつもお世話になっている蟲柱の胡蝶様だった。



「無茶をしたんですね、3日間も眠ってたんですよ」
「毎度毎度ご迷惑をおかけしてすみません」
「いえいえ、今回は面白い物が見れたので」



私が首を傾げると胡蝶様はくすくす笑いながら、寝ている伊黒を指指した。



「運んで来た時凄い慌てようだったんですよ、この世の終わりみたいな顔で…」
「胡蝶」



話し声で起きたのか、伊黒が胡蝶様をギロリと睨んで続きを制止した。
握られていた右手は一度強く握られたが、すぐに何事も無かったように離された。
さっきまで握られていた温もりが消え寂しさだけが残る。



「目の前で倒れられて死なれたら後味が悪いだろう、怪我をしてるのなら何故すぐ言わない、俺と別れた後倒れていたらそこで野垂れ死ぬ所だったぞ」 



まずお前に捕まってなかったらこんな事態になってねえよ。

と心の中で悪態をつき、伊黒のぐちぐち攻撃を右から左へ受け流す。



「そんな事言ってこの3日間ずっとここにいたのは誰ですか?」
「えっ?」
「おい、胡蝶」



胡蝶様が絵に描いた様に綺麗に笑うから思わず見惚れてしまった。
伊黒に凄い剣幕で睨まれているがお構いなしで胡蝶様が続ける。



「伊黒さんこの3日間、任務が入っても朝方には帰ってきてずっとここで座ってたんですよ」
「いい加減にしろ胡蝶」
「着替えもせずここに座っているので、1度怒ったんですがそれでもやめてくれませんでした」



無事に目が覚めて良かったですね。

そう胡蝶様は言い残し、病室から出て行った。
残された私と伊黒の間には微妙な距離感と沈黙が流れたが、先にそれを破ったのは伊黒の方だった。



「…気分はどうだ」
「お陰様で悪くはありません、ここまで運んで下さりありがとうございました」



伊黒の左右で違う瞳がじっと私を見つめる。
胡蝶様が言っていた慌てて運んできてくれた事、3日間の間側にいてくれていた事が嬉しくて勝手に口角が上がる。

それに気がついた伊黒は眉間に皺を寄せ、鬱陶しそうに一つため息をつく。



「さっきも言った様に慌てたのは目の前で死なれては後味が悪いからだ、3日間見舞いに来たのもそうだ何の意味もない」
「承知しております」
「ただ、今回は…」



相変わらず可愛くない物言いだが、私の為に動いてくれた事実に変わりなく、この3日間の彼の目に写っていたのは私なのだ。

伊黒は口当てを弄りながら、小さな小さなか細い声で囁いた。



「信じられん程、肝が冷えた」



彼からこんな言葉が聞けるなら、もう一度目の前で倒れてもいいかもしれない。


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