内容は下らない事だった。
本当に些細な事から火種が付き、今ではそれがなんだったのか忘れてしまう程お互い白熱した喧嘩となった。

彼はお得意のだんまりを決め込んでいて、その姿を見ると余計に怒りがこみ上げて来て身体が震える。




「だんまりですか」
「…」
「そうですか」




呼び掛けても一向にこちらを見ない義勇に、怒かりなのかなんなのかわからない感情が芽生える。




「ねぇ、義勇さん」
「…」
「呼んでるんですけど」




壁の方に顔を向けて聞こえてないような素振りを見せる彼。
相手もしてくれない彼に怒りから悲しみに変わり、次第に涙が溢れ出てくる。

ポタポタと着物の膝の辺りを涙が濡らす。

私に背をむけている彼に見られては尺だと、慌てて玄関へ向かおうと立ち上がった時、彼の声が久しぶりに耳に触れた。




「どこへ行く」
「…」
「…何か言ったらどうだ」




その言葉そっくりそのまま返してやる。
と、心の中で背にいる彼へ悪態をついても一向に涙は収まってはくれない。
無視して足を前に踏み出した瞬間、腕を掴まれ引っ張られる。くるりと回され濡れた目と眉間に皺を寄せた目がぶつかった。

私が泣いている事に驚いたのか、眉間の皺がたちまち伸びぎょっと目を開かせる。




「何故泣く」
「泣いてません、離して下さい」
「だからどこへ行くんだ」
「どこでもいいでしょう、ほっといて」




売り言葉に買い言葉とはこの事だ。
素直に『ごめん』とお互い言えたらどれだけ楽だろう。滅多に喧嘩をしない私達だが、頑固者はこんな時はやっかいだ。

考えれば考える程自己嫌悪。
溢れ出した涙は止まらず、嗚咽が上がる。
義勇さんに両手は拘束されており、目から出た物は流れっぱなしで自分の着物や我が家の床を濡らしていく。




「もう、はなして」
「離したらどこかへ行くだろう」
「行かないから」




渋々手を離す義勇さん。
涙でベトベトな顔を洗おうと洗面所へ向かうと、後ろから彼がついてきているのがわかった。

顔を洗い熱を持った瞼を冷やすため手拭いを水を張った桶につけた時、背にいた彼がピタリとひっついてきた。私、怒ってたんですけど。




「やめてください」
「嫌だ」
「まだ怒ってるんですけど」
「…俺が悪かった」




私の頸辺りに顔を埋めている彼。
帯留めの下でがっしりと手は組まれており、抜け出すのは難しそうだ。彼の長い髪が頬をかすめる。

久しぶりに互いの体温を感じる。
1週間ぶりだったのだ、彼は鬼殺隊の柱で日々忙しなく過ごしており任務に向かうと暫く帰って来ない時だってある。
そんな人を好きになって、一緒にいると決めたのは自分自身なのに。彼に言ってしまった。


『私の事はどうでもいいんですね』


どうでもいいなんて思われてないのは身に染みてわかる。任務が長引く時は鎹烏で文を送って来てくれる、お土産を買って帰ってきてくれる。愛されているのは分かってるのに、つい口から出てしまった。
完全に私が悪いのに、また今も彼は私を甘やかす。いっその事、もっと怒ってくれたらいいのに。




「義勇さんは優しすぎます」
「そんな事ない」
「そんな事あります」




くるりと回される体。
濡れている頬を義勇さんの硬い掌が沿う、そして軽く持ち上げられて目線が交わった。
こんなわがままな私を未だに愛おしく見つめてくれているのに気づき涙が溢れそうになる。

そんな私の表情に義勇さんは目を見開き、またもや慌てふためき出す。




「何故また泣く」
「義勇さんが優しすぎるから」
「それを言うなら」



片手だけだった手が、両手になり頬を挟まれる。そのお陰で瞬きを一つ繰り出すと、溜まった水分が両眼からポロリと落ちた。
それを義勇さんは両親指で救い、心底困り果てた表情をしながら続きを告げた。




「俺は名前の涙に滅法弱いだけだ」




額に汗を滲ませどうしたらいいかわからないと言う表情の彼は、止めどなく流れる私の涙をせっせと硬い指先で拭っていく。
そんな彼が可愛くて思わず笑ってしまった。
泣きながら笑う私を、奇妙な物を見る様な目で見つめていた義勇さんだが暫くすると一つため息を吐き、私をギュッと抱きしめた。







先に同じ布団で寝息を立てて眠る名前を薄暗い寝室で見つめる義勇。
泣いた彼女の目は少し腫れぼったく赤く痛々しい。それを改めて見ると、泣かせてしまった罪悪感が義勇の心を襲う。

とことん名前に惚れ込んでいる自分に呆れてため息が出るが、自分が生きている間は愛した彼女の涙は見たくない。
ましてや自分のせいで泣かせたくは無いのだ。

これから先も彼女の笑顔しかいらない。

横で幸せそうに眠る名前を抱きしめ、自分も眠りに付く義勇だった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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