※「君はかわいい『男の子』」同設定
※別主人公



海外統括部 宇髄天元さん。
高身長の筋骨隆々、おまけに顔も良い。
仕事も出来て海外統括部では主任を務めていらっしゃる。

そんな宇髄さんに目をつけられて1週間、
給湯室で大ピンチな私です。




「宇髄さん、通してください」
「LIME教えてくれるまで通してやらねぇよ」
「いやいや鎹烏がありますよね」




株式会社KISATSUには社員のみが使える『鎹烏』と言う連絡ツールがある。チャット形式で仕事のやり取りはそれで行う、社員同士のトラブルを防ぐ為だ。

普通の上司と部下の関係なら、この社用の連絡ツールで十分なのだがこの人は違うらしい。




「なんだ名前は社員殆どが見てるチャットで俺にデートに誘われたいド派手な奴だったのか」
「すみません、それだけはご勘弁を」




コーヒーを作りに来ただけなのに中々帰して貰えない。目の前には宇髄さんのネクタイ、顔の両隣には鍛えられた太めの腕がある。

涙が出そうになるのを下唇を噛んでグッと堪える、これはセクハラになるのではないか。
何故こんなにも付き纏われるのだろう、1週間前に記憶を戻す。
委託している海外の会社でシステムトラブルが起き、その為委託分の仕事を各部署に割り振られた。それをステーション課で担当したのが私だった。
仕事内容の説明の時に宇髄さんと初めて顔を合わしたのだが、その時から付き纏われる様になったのだ。

特別親しく話した訳でも呑みに行った訳でもない。只々振られた分の仕事を共にこなしただけ。




「ほら、早く携帯出せ」
「えぇ〜…」




床にあった目線を彼に移す。端正な顔で視界が一杯になり教えてしまっても良いのでは、と甘い考えが私の思考を燻る。
所詮世の中顔だ、建前では顔より中身なんて皆口を揃えるが顔がタイプで無ければ中身なんて見ようともしない。
それはもちろん私もそうであり、目の前にいる彼もそうだろう。自分が絶世の美女とまで言わないが、そこそこ小綺麗でこいつでもいいかと思われてしまったに違いない。
これは本気になったら痛い目をみるパターンだ。

もし、この人と一線を超えてしまって後からトラブルになった際会社を追われるのは私だろう。彼はこう見えても役職持ちなのだから。
しかし目の前の彼は携帯を出すまで私の前から退く気配はない。むしろ1時間でも2時間でもこうしているつもりらしい。どうにか打開出来ないかともう一度頭を下げて思考を回転させた時救世主が現れた。




「宇髄さーん、うちの部署の子にセクハラやめて下さーい」
「…時透」
「時透主任!」




宇髄さんが顔を背後にある給湯室の入り口に向けた時、片腕の隙間から体をすり抜け我が所属課の時透主任がいる入り口へ走る。
時透主任は走って来た私を背に隠し宇髄さんを見つめている。




「中々帰って来ないから、宇髄さんに捕まったんだろうなって思ってたけど」
「すみません…」
「後一押しだったのに邪魔すんなよ」




本当に後少し時透主任が声をかけてくれなかったら諦めて教えてしまっていただろう。
LIMEの返信に頭を悩ませている未来の私が容易に想像出来た。




「まあ、また今度聞くわ」
「社外でお願いします」
「社外の方が困るんですが…」




ぽんっと私の頭に大きな手を乗せて少年の様に笑う宇髄さんにどきっとする。
子ども扱いされている様で恥ずかしくなり、また床に視線を下げる。宇髄さんの顔が綺麗すぎて中々直視できない。

ある程度頭を撫でて満足したのか彼はさっきまでの執着が嘘の様にあっさりさっぱり自分の課へと帰って行った。





その後も『連絡先を教えろ』と女子トイレの入り口やオフィスの外で待ち伏せされたり、ステーション課に乗り込んで来たと思えば『呑みに行くぞ』と嫌がる時透主任も引き連れて強引に呑みに行かされたりした。
しかし、体調の悪い時や気分が優れない時、失敗して落ち込んでいる時はいち早く察して私を励ましてくれる。
最初は鬱陶しく思っていたが、そんな宇髄さんの優しさに私が恋心を抱くのはあれからすぐの事だった。でも、ある頃からぴたりと宇髄さんの猛攻は幕を閉じたのだ。




「最近、宇髄さんこねぇのな」
「うん」
「元気ないけど大丈夫か?」
「うん」




隣のデスクにいる同期入社の不死川玄弥君が何か言っている。いつも心配してくれる彼の事は大好きだが、今回ばかりはそっとしておいて欲しい。

あれだけ嫌がっていた彼の猛攻がなくなり、嬉しい筈なのに。




「名前、これ統括部に持ってってくれる?」
「え、私がですか」
「うん、適任でしょ」




その日は今季の仕事の締め日で、どの部もバタバタとしていた。やっとお昼休憩に入る頃、時透主任が私に封筒を渡した。
A4サイズの茶封筒はとても薄く、書類は1〜2枚程しか入っていない様に思われる。

私の脳裏にちらつくのは宇髄さんの顔。
久しぶりに彼に会えるかもしれない。

少し綻ぶ口角をこの薄い封筒で隠し、時透主任達がいるステーション課を出る。
このままお昼休憩も取ってきて良いと言われ、宇髄さんをお昼に誘ってみようかなと心を躍らせながら長い廊下を進む。
『海外統括部』の看板が見えた時、丁度その下の扉が開いた。
そこから出てきたのは1週間ぶりに見るキャリーケースを引いた宇髄さん。


と、秘書課で美人と有名な雛鶴さん。


2人は仲睦まじく寄り添って何処かへ歩いていった。




「なるほどね、噂通りか」




同期の秘書課で働く友人から随分前に聞いた噂を思い出す。

『海外統括部の宇髄さんは秘書課の雛鶴さんと付き合っている』

その他にも食堂のアルバイト、経理課の女性社員にも手を出していると。
その事があって今迄連絡先を教えて来なかったと言うのに、あまりにも彼が熱烈にアプローチしてくる物だから忘れかけていた。
本気になってはいけないとブレーキをかけていたのに、いつの間にかそのブレーキが壊れ彼が好きになってしまった。

連絡先を交換する前で良かった。
何も始まっていない時に、これが知れて良かったではないか。辛い思いをせずに済んだ。


手渡しで渡そうと思っていた封筒を扉のすぐ近くの席の人に渡し、すぐ皆が待つステーション課に戻ると私の浮かない表情を察した玄弥がお昼を誘ってくれたが、食欲もあまり湧かなかったのでそれを断った。
そして、そのまま1日の業務を終え社員全員が参加する事になっている今季の打ち上げにステーション課皆で向かった。




「時透主任〜、私達と一緒に飲みましょう〜」
「僕向こうに席あるから」
「いいじゃないですか〜」




会場である割烹に到着すると、日頃から時透主任に目をつけていたであろう受付嬢のお姉様方に呆気なく連行される時透主任。
時透主任を哀れに思ったがあのお姉様方から連れ戻す手立て等思い付かず、同期である竈門君我妻君等のメンツが固まっている座敷に腰を下ろす。




「名前、お疲れ様!元気ないけど大丈夫か?」
「竈門君、大丈夫だよ」
「無理するんじゃないぞ、この打ち上げ強制じゃないみたいだから」
「うん」




うちの同期は皆優しい。
気分が優れない私に竈門君は優しく声をかけてくれるし、我妻君は最近あった話を面白おかしく話してくれる。
カナヲちゃんと伊之助君は私のお皿に食べて美味しかった物を取り分けてくれるし、アオイちゃんは私の飲み物が空になるとすぐ注文してくれた。

そんな優しい同期よりも、上座に座っている宇髄さんに目が行く自分が腹立たしい。
やはり帰国したばかりなのだろうか、昼間も持っていたキャリーケースを自分の近くに置いる。

宇髄さんの前に座っているのはビールを片手に持つ営業一課の女性主任。
彼女の飲みっぷりの良さに宇髄さんが呆れた顔で何かを言っている。
席が遠く私と彼の間に何人もの人がいるので、何を話しているか聞こえないが宇髄さんとは仲が良さそうだ。彼女ともそう言う仲なのだろうか。

疑念ばかりが私の頭を過ぎる、それをアオイちゃんが注文してくれた甘めの酎ハイで流し込んだ。




「おーい、大丈夫かー」
「んっ…」
「起きろよ、じゃないとキスすんぞー」




肩を揺さぶるその人は、この1週間私の頭をいっぱいにした人だった。
夢なのかなんなのか、頭はふわふわしている。
顔を突っ伏していた机には空のグラスがいくつも並んでいる、自分だけのものではないと信じたい。
さっきまで隣にいた同期達は誰もいない、それどころか大量にいた社員も姿がなく大部屋に残されているのは宇髄さんと私のみ。


まあ、そんな事どうでも良い。
相当飲んだのかとても気分が良い。
しかも宇髄さんと2人っきりと言う何とも都合の良い夢まで見ているのだから。





「んふふ、宇髄さんだあ」
「そうそう宇髄さんですよ」
「女ったらしの宇髄さん」
「…派手に酔ってんなあ」




我妻達から潰れた名前を引き取った宇髄。
肩を揺らすと目を覚まし起き上がった彼女のV字のニットは大きくずり落ちてブラ紐が顔を出している。
普段色白な頸は酒のせいもあり赤く色づき、目も潤んで宇髄を誘う。

1週間の海外出張から帰って来てやっと会えた彼女。共に仕事をしていく内に好きになった、周りにはいないタイプだった。
自分が誘えば女はついてくるのが当たり前だった宇髄に、彼女は一切靡かなかった。
始めは自分の事等露知らずで淡々と仕事をこなす彼女に興味が湧き、ちょっかいを出し始めたのがきっかけ。

中々落ちない彼女に躍起になっていく内、好きになっていた。今では、同期だろうが主任だろうが名前に近づく男を思わず睨みつけてしまう程だ。


そんな彼女が酒で潰れるのは珍しい。
時透も連れて数回飲みに行った時は素面で家に帰っていた、望んでいたシュチュエーションにならずガックリして帰ったのを思い出す。




「宇髄さんはあ、おんなのこ好きれすか」
「好きですねぇ」
「やっぱり誰でも良いんれすね」
「呂律回ってねぇぞ、大丈夫か」




酒に弱くない彼女が呂律が回らない程酔うなんて何事だろう。
店員に貰った氷水が入ったグラスを彼女に渡そうとするが、それを拒む名前。

飲んで頭を冷やさせたい宇髄と、酔いから覚めたくない名前の押し問答が続く。
段々と苛つき始める宇髄。



「いい加減にしやがれ!ほらこれ飲んで頭冷やせ!!」
「…宇髄さんに怒られた」
「流石の俺も怒るわ、俺の前では酔わねぇくせに」
「他の人もそうやって口説いてたんですか」



急に真剣な眼差しで宇髄を見つめる名前。
相変わらず顔も首筋も赤く、目は潤んでいる。
身長差がある分座っていても宇髄が名前を見下ろす形になり、必然的に上目遣いになる。
宇髄は思わず生唾を飲み、喉を鳴らした。




「さっきから何言ってんだ」
「私知ってるんです、宇髄さんが色んな人とお付き合いしてるの」
「お付き合いって…」




多分一人歩きしているあの噂だろう。
雛鶴、まきお、須磨は自分の姪。名字も違えば異性である事からあらぬ噂が立ってしまった。
所謂身内のコネ入社の彼女達を嫌う奴はごまんといる、その為親族という事は伏せていたが自分をよく思わない社内の奴が噂を流したのだ。
『宇髄は女性社員3人に手を出している』と。

親戚だと公表すれば誤解は解けるが、今順調に社会生活を送っている姪3人の姿をこのまま見ていたいと言う伯父が自分だ。
否定したくとも否定出来ない、口籠っていると名前の目に涙が溜まり一粒落ちた。




「本当にずるい人」
「いや、待て、誤解だ」
「けど、もう好きになっちゃった」




その言葉を聞いてどきりと胸が高鳴る。
ずっと望んでいた言葉、思いがけない所でやって来た言葉に心が弾む。

彼女の目尻は酒の影響でとろんと落ち、普段にない色っぽさが宇髄を刺激する。
思わず彼女の頬に自分の手をやり、目元に触れると水分が親指に染み渡った。




「もう落ちろよ」




抵抗する気配の無い彼女の唇に、それより大きい自分の唇を重ねる。
彼女の手はいつの間にか宇髄の背にあり、彼の背広をぐっと掴んで離さない。

そう言えば、先程から数組姿を消した奴らがいる。自分もそいつらの"仲間入り"かと、少し呆れたが背に腹は変えられない。

明日の朝、宇髄の自宅で目が覚めてパニックになるであろう名前をどう落ち着かせるのか彼はそれで頭が一杯なのだから。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -