※現代パロディ





2泊3日の出張を終えて家に帰って来たのはAM11:00の事だった。
思ったよりも用件が早く終わり、本当は3日目の夜に帰宅予定だったがお昼前に家に帰る事が出来たのだ。

鼻歌混じりで彼と同棲するマンションの扉に鍵開けると、案の定中は真っ暗だった。
廊下の電気を付けて寝室までとりあえず足を運ぶとベッドメイキングされていないベッドがそこにあり珍しく彼が慌てて家を出たであろう形跡が見られた。
寝室に2泊3日分の荷物を置き、ベッドを直してから楽なルームウェアに着替える。その後、何か食べようとリビングへ向かうと、ダイニングテーブルは片付けられていたがキッチンには使ったであろう食器が水に漬けられているのが目に入った。

いつもは食器を洗ってから出勤する彼が珍しくそれを怠るほど朝はバタバタだったのか。
まあ、目覚ましが鳴らなかったのか夜更かしし過ぎて起きれなかったのかもしれない。
理由はわからないがとりあえず今日の朝は出るのがギリギリだったようだ。
洗い桶の中の食器を洗ってしまおう、ついでに部屋の掃除もして溜まっている洗濯物も回して夜には彼に甘やかして貰おう。
そう考えて洗い物に手をつけた時、1人にしては多いお皿が洗い桶に浸けられているのに気づく。



「…まさかね」



不死川実弥が不貞を働く訳がない。
そうだ、前日に同僚か誰かが飲みに来ていたのだ、私がいる日でも面倒見の良い彼は後輩や同僚を連れて家で呑んでいるそんな事は良くある。
そしてそのまま酔った事もあり寝てしまい、夕食分のお皿と朝食のお皿を貯めたまま出勤してしまったと言う事にしておこう。


一瞬の疑念に無理やり蓋をして洗い物を終わらせ、自分の昼食を作る。あまり味のしない昼食を摂った後は自分の出張中の荷物を解き、彼の分と一緒に洗濯をした。

洗濯機を回している間にリビング、寝室、廊下に掃除機をかける。潔癖症ではないが彼が誰かといたこの部屋を少しでも清めておきたかった。
ピカピカになった部屋を見渡すと、少しだが心に詰まっていた何かが落ちた様な気がした。

時計をみるとPM16:00、高校教師である彼が帰宅するにはもう少しある。汗でベタついた体が気になり、お風呂に入ってから夕飯を作る事に決めた。




「これって、"黒"だよね」




お風呂場で裸のまま排水溝を見つめる私。
かれこれそれを見つめてどれ程経っただろうか、そこには彼の白髪とは別に黒の長めの髪の毛が共に排水溝のネットに絡みついている。
出張前には彼が掃除をしてくれていたのと、大前提に私は茶髪だ。そう、この家に黒髪はいないのだ。

今までに同僚が呑みに来た事もあったが、お風呂まで入って帰った強者は私の記憶にはいない。どう理由をつけようとも、私の中で彼への疑いが募るばかりだった。



先程までいつもの慣れ親しんだ2人の我が家が、全く知らない何処かになってしまった。







「帰ってんなら電気くらいつけろやァ」
「えっ、あ、おかえり…」




あれから結局シャワーも浴びず、真っ暗なリビングのソファーの上で体育座りをして蹲っていた。


実弥が帰って来た事にも気づかず、声をかけられてはっと顔を上げる。
明らかに様子がおかしい私を、彼はどう思っているのだろう。

とりあえず、彼は薄暗い部屋に灯りを付けた。




「出張どうだった」
「うん、まあまあ」




何気ない会話も辛く感じてしまう、まともに彼の事を見れない。
そんな私の様子がおかしいのも彼は気付いているのだろうか、いつもより自分を労る様な優しい声色で話しかけてくる。
 

昨日は何してたの、誰といたの。
聞いてしまうのは簡単だが、自分が求めている答えでなかった時私の心は耐えられるだろうか。彼がいなくなる可能性がある限り、私は口を開けない。
本当に面倒臭い女だ、こんな女浮気されても仕方がない。考えれば考える程マイナス思考に陥り彼の声で上がった頭はまたもや下を向いてしまった。




「なんかあったか」
「…何もないよ」
「嘘つけ、ならどうしてこっち見ねぇんだァ」




彼が横に座った事でソファーがより深く沈む、近くで彼の体温、嗅ぎ慣れた匂いが感じ今すぐに甘えたくなった。抱きつきたい、頭を撫でられたい、キスして欲しい。

思わずもう一度顔を上げると、頬杖をついてこちらを見つめる実弥と目が合った。
やっと私と目線が交わった事が嬉しかったのか、どんどん口角が上がっていく彼を愛しく思う。あぁ、やっぱり彼が好きだ。




「やっとこっちみたな」
「…」
「何怒ってんだ、ちゃんと口で説明しろォ」




伸びてきた手が私の頭に触れようとする。
待ちわびてた彼の手がすぐそこまで来た時、やはり私の物ではないあの黒い髪の毛が脳裏に過った。

その黒髪の子にもそうやって優しく頭を撫でたの?

気がつくと彼の手を振り払ってしまっていた。
パンっと乾いた音が静かなリビングに響く、彼は私に拒否された事に驚いた表情をしている。
2人の間になんとも歪な空気が漂った。




「…ごめん、頭冷やしてくる」




その空気に耐えきれず思わずソファーから立ち上がりリビングの扉まで急ぐ。
今は彼と共に居たくない、この先に見えるのはお互いを傷つけ合う情景だから。

玄関の扉を開けようとした時、いつの間か背後にいた彼にぐんっと腕を引かれ両手を玄関の扉に縫い付けられる。扉に背中と頭を打ち付け、一瞬呼吸が出来なかった。




「いった…」
「何勝手にどっか行こうとしてんだ、あ?」
「実弥、痛い」
「俺も痛かったわァ」




彼の顔は完全に人を殺してしまいそうな表情になっている。思わず息を飲む私と怒りに震える実弥。
私の両手首は力が込められすぎて早くも血が巡らず変色しかけている。


黒髪の子にはこんな事しないんだろうな。
まずその子は彼を怒らす様な事はしないのだろう、私しか知らない一面なのかもしれない。
比較的、女性や子どもには優しい彼。こうやって感情を露わにして前者に怒る事も珍しい。私も現にこうやって怒ってる彼を見るのは今日が初めてだ。




「ちゃんと言わねぇとわかんねぇだろ」
「…」
「何怒ってんだよ」




彼の怒りや焦りが握られている両手から感じる。
でも言えない、私がそれを聞いて貴方と一緒に居られなくなる可能性があるのなら。
どんな関係でもいい、例え私が1番でなかったとしても。一緒に居られるのならそれでいいのだ。

ただ今はその事を上手く飲み込めない自分がいる。本当に面倒臭い女、2番で良いのに良くないのだ。出来れば1番が良いし、今の今まで1番だと思っていたのに。
くだらない考えでどんどん瞳に涙が溜まるのがわかる。




「本当に、何でもないから」
「何でもない訳ないだろ、俺に言えねぇ事かよォ」
「頭冷やしてくるだけだから、離して」




2番で良いと自分を納得させてくるだけだ。

しかし、彼は私の手を一向に離してくれる様子はない。先程まで痛い程握られていたが今は添えるだけになっている。
振り解こうかと思ったが、またあの彼の悲壮感に満ちた顔を見たくなかった。




「ごめん」
「…え?」




謝られてドキリと胸が鳴る。
ああ、遂にお別れの言葉が私に送られるのだ。
そりゃこんな面倒な女は嫌だろう、勝手に拗ねて扱いにくい。
もっと素直なら良かったかな、可愛かったら良かったかな。仕事なんか出来なかったら良かったかな。

貴方がいない人生なんて、どうやって生きていけばいいのか。
『一人で生きて行けそうだよね』と友人にはよく言われるがそんな事はない。彼がいるからそう見えているのだ。何よりも、私は彼が必要なのに。しかし、彼は私が思っているとは別の言葉をくれた。




「どんなに考えても名前が怒る理由がわからねェ」
「…」
「それでも、俺が謝って名前が泣かずに済むならいくらでも俺は謝る」
「…泣いてない」




どこまでも見栄っ張りな私に実弥は小さく笑って、片方の手を離し私の頬に伝った涙を拭いた。
久しぶりに感じた彼の体温が心地よく、もっともっとと欲張りそうになる。




「泣いてんだよ、頼むからいつもの顔に戻ってくれよ」
「…」
「頼むから俺から離れようとすんな」




彼があまりに悲しそうな寂しそうな顔で私を見つめるから、いつの間にか頬を撫でていた手が後頭部に回っていた事に気がつかなかった。
ぐっと頭を引き寄せられて実弥の分厚い胸板に閉じ込められる。

珍しく彼がすがりつく様に私を抱きしめるから、思わず私も抱きしめる返してしまった。
彼の優しい言葉や態度でもう何がどうなのか分からなくなって彼の腕の中で大声を上げて泣いた。その場でへたり込んだ私を離さないと言わんばかりに抱きしめたまま、実弥はずっと背中を撫でてくれた。




「で、何でそんな怒ってたんだ」
「…排水溝」
「あぁ?」




玄関で座り込んでいた私を立ち上がらせ2人でお風呂場へ向かう。
実弥が排水溝を開けて取り出したネットには白髪とこの騒動の原因となった黒髪が数本纏わりついていた。




「これがなんだってんだァ」
「…誰の黒髪?」
「はぁっ?」




とりあえず持ってたその髪の毛付きのネットを脱衣所のゴミ箱に捨てる。
そして1つ大きな大きなため息をついて振り返った彼は私の頭を鷲掴みにして、目は釣り上がり白目は血走り額には血管が浮かび上がっている。

鬼の形相の彼に怯えまたもや目に涙が溜まる、それに気付いた彼はもう一度ため息を漏らし普段の表情に戻った。




「昨日、弟が泊まりに来てた」
「え、玄弥君が?」
「多分アイツの髪の毛だろ、それ」




そう言われて、出張へ出発する当日の朝を振り返る。

プレゼンの準備で前日の夜あまり寝れておらず、彼が起こしてくれなければ遅刻確定だった。ご飯もまともに食べず、バタバタと家を出る際、彼に行ってきますのキスと何かを言われたのを思い出した。
慌てておりあまり鮮明に聞こえなかったが、『明日弟が泊まりにくるから』と言っていた様な気がする。

徐々に蘇る記憶に冷や汗が止まらない私。




「す、すいませんでした」
「聞こえてねぇなって思ってたが、こんな勘違いされるとはなァ」
「どうか、おはぎで許して下さい」




彼の前で両手を擦り合わせ許しを乞う。

そんな私をいきなり米俵の様に肩に担いだ彼、地についていた足が宙に浮かんだ事で少しパニックになり落とされないように実弥のシャツを握る。




「怖い怖い怖い!落とさないでよ!!」
「ギャーギャーうるせぇ奴だな」



寝室の扉を乱雑に開け、ベッドの上に頭を撃たないよう手で守りながら私を置く実弥。
ふいにさっき扉に打ち付けられたことを思い出した、あの時は彼も頭に血が上っていたのだろう普段はこんなに優しい。
そのまま私の上に跨ると後頭部にあったその手でそこを優しく撫で出した。




「頭、痛くねぇか」
「大丈夫、たんこぶも出来てないでしょ?」
「石頭だからなァ」




目と鼻の先で微笑み合う私達。絡み合った視線はお互いの唇を寄せつけ、リップ音を鳴らし離れる。それを合図に私に跨ったまま、顔を離し着ていたシャツを脱ぎ出した。首元が締め付けられるのが嫌で第3ボタンまで空いている為、一瞬で脱ぎ終わり鍛えられた筋肉が姿を現す。




「今から何が行われるんでしょうか」
「俺が他の女と浮気してると勘違いした名前ちゃんに教えてやろと思ってなァ」
「なっ、何をでしょう」




抵抗しても圧倒的な力の差で勝てるはずもないので、無駄な抵抗はしないでいるとどんどん脱がされていくルームウェア達。
あっという間に2人とも下着1枚になってしまった時にふと思い出す、ゴムって予備あったっけ。最後に使ったのは出張前々日、中は1つ2つしかなかった様に思う。




「俺がどんだけお前しか見えてないか教えてやるよ」




残りが少ないゴムの箱とは別に、新しい箱を持っている実弥を見て彼に愛されているのを再度実感した。

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