※現代パロ



ヘアサロンで読んだ雑誌だったか、洗濯物を畳みながらみたテレビだったか忘れてしまったがどこかで聞いた話によると、愛する人と30秒のハグは1日のストレスを3分の1減少するらしい。

ハグをする事で脳内のドーパミンと言う幸福感を感じた時に出るホルモンと、オキシトシンというホルモンが分泌し血圧の上昇が抑えられ、呼吸が深くなりリラックスする。
あと、自律神経にも影響があり副交感神経が優位になる事で心身共にリラックスした状態になるんだそう。




"その日"は月に一度やってくる。
それは不定期でいつやってくるかわからないが、LIMEの返信速度や内容だったり帰宅時間が普段より遅かったり、職員会議があったり等で大体の予測はつくのだ。
テスト前か月末等の教職員が慌てる時期にもそれはやってくる。

一週間前程前から残業が続いている彼、そしてカレンダーには今日の日付に赤丸をした上に『職員会議』と大きく記載されており、尚且ついつもの帰宅時間より2時間も遅れている。



「鮭大根にしといて良かった」



彼の大好物である鮭大根が入ってある鍋にもう一度火にかける。
"その日"になる事を会社の帰りに寄ったスーパーで思い出し、慌ててメニューを変更したのだ。

今日はどれ程やつれて帰って来るのか、不安ながらも少しわくわくしている所でインターフォンが鳴った。
彼は基本的に鍵を持ち歩かない、いつもこうやって帰宅を知らせるインターフォンを鳴らすのだ。ボタンを押して映し出された人物を確認すると予想通り帰宅を待っていた義勇さんがそこには立っていた。



「…開けてくれ」
「おかえりなさい、すぐに鍵開けますね〜」



インターフォン越しの声に張りはなく、いつもに増して低く感じられる。

鍵を開けると画面越しではわからなかったが彼の目の下には大きな隈を抱え、頬はコケて黒い影が出来ている。目も窪んでおり、とても疲れ切っている様だ。



「…疲れた」
「お疲れ様です、はい!」



彼に向かって大きく手を広げると、彼はそそそっと私に近づき腰辺りに腕を回して首元に顔を埋めた。私も彼の背中に腕を回し、力一杯抱きしめる。



「どうですか、効いてます??」
「…煮物の匂いがする」
「そっちか!今日は義勇さんが好きな鮭大根ですよ〜」



抱きしめ合いながらリビングへ移動する私達。
玄関を向いていた私は義勇さんに押され、後ろ向きでリビングに向かうので少し怖い。
義勇さんは前方が見えている様でリビングの扉も開け、夕飯がセットしているダイニングテーブルを抜けテレビの前のソファーに私ごと倒れ込んだ。

押し倒した彼は依然と私の首筋に顔を埋め、ピクリとも動かない。首筋に当る彼の鼻息が擽ったくて思わず笑いが溢れた。



「ふふっ、義勇さん擽ったいっ」
「疲れた」
「お疲れ様です、ご飯にします?お風呂?」



天井が見えていた目線を彼の顔へ向けると、深い青の瞳とぶつかった。意外と近くにそれはありドキッと胸が高鳴る。

背中に回していた手を抜き、彼の頬へと沿わせる。ストレスからか彼の頬はいつもよりもカサついていた。よく見れば唇も乾燥して荒れているではないか、お互い忙しくキスもする暇が無かった為気が付かなかった。



「飯にする」
「よし、じゃぁ準備しますね」



私の腰にあった腕を抜いて立ち上がる、先程まで沈み切っていた彼の顔は血色が戻り機嫌良さそうに自室へ着替えに行った。
次にリビングへ帰ってきた時には着ていたスーツではなくスウェットの部屋着になっていた。

テレビの前にあるソファーやダイニングテーブルではなく、キッチンに直行した義勇さんはお味噌汁を温め直している私を後ろから抱きしめる。
彼のゴツゴツした太い腕が腰の辺りに巻きつき、一瞬ビクッと体が跳ねた。



「火が危ないから向こうで待ってて」
「嫌だ」



そう、"その日"とは義勇さんのストレスがMAXに達し甘えたモードがオンになる日なのだ。
こうなった彼は危ないとかやめてとかは一切通じなくなる、可愛いと思う反面めんどくさくもある日なのだ。

キッチンで夕飯の支度をしているのにも関わらず離れようとしてくれない義勇さん。
仕方がなく腰回りに重たい荷物をつけながら家事を進めて行く。



「義勇さん、準備出来ましたよー」
「あぁ」
「自分の所に座って下さいね」



座らねば食べられない状況になり、渋々私の腰を解放し用意した食事の前に各々腰を下ろす。

2人で手を合わせていただきますをし食べ始める。嬉しそうに鮭大根を食べる姿を見ると作ってよかったなと思い、私もより一層ご飯がおいしく感じられた。


食べ終わった後は順番にお風呂に入り、付き合いたてのカップルかとは笑われるかも知れないが交代で髪の毛を乾かし合った。乾かされる方はカーペットが敷いてある床、乾かす方はソファーに座り段差を作って乾かす。

私の番になり彼の太い指先で優しく乾かされ、睡魔が襲う。
頭で船を漕いでいると、それに気づいた彼がドライヤーを止め後ろから私の顎を掴み上を向かせた。
私の視界には天井にあるライトと義勇さんの顔、それは段々と近づいて終いには重なり合った。



「んんっ、ぎ、ゆさん…」
「口を開けろ」
「んはぁ…ぁんっ…」



久しぶりのキスは気持ちがよく、素直に口を開けるとにゅるりと彼の舌が私のを絡めとった。
口の中で右往左往に動く舌を私は必死で追う事しか出来ない。

真上を向かされている状態でのキスは喉が開き、いつもより息苦しさを感じる。
思わず顔を固定されてる彼の手を数回叩き、息が苦しい事を伝えると銀の糸を引きながら離れていった。



「はぁっ、義勇さん苦しい…」
「名前」
「せめてベッドで…」
「…わかった」



片手に持っていたドライヤーを投げ出し、腰が抜けた私を持ち上げる。
軽々しく持ち上げる所が体育教師だなぁと感心しているとあっという間に寝室へ着き、ダブルベッドへ放り投げられた。
最後の扱いが雑いと苦情を入れようとした時にはもう遅く、彼は私の上に跨り逃げられない様にがっちり固定している。



「あの、義勇さん?」
「なんだ」
「ハグだけじゃ足りませんでしたか」



どんどん私のパジャマのボタンを外していく義勇さんの手を掴み阻止すると、何とも疎ましそうに眉間に皺をよせる。
つられて私も眉間に皺を寄せてしまう。



「誘ってきたのはそっちだろう」
「そんな意味でしてません!」
「今日は金曜日だ」



ベッドの横に置いていた日付や曜日が記載されるデジタル時計に目を移す。そこにはしっかり"FRI"と映し出されており、彼が私よりも上手だった事を知る。

考えればもっと早く"その日"が来ても良かった筈だ、一週間前から残業が始まっていたのだから。
それをこの金曜日まで彼は我慢したのだろう、お互いが次の日休みで夜通し楽しめる様に。



「ゴムは買ってきた」
「ちゃっかりしてますね!」
「明日は名前が行きたがってた駅前のカフェに行こう」



ドラッグストアのビニール袋から新品のゴムのケースを取り出すと、早速私の上で封を開け始める。

明日目覚めた時に、駅前に新しく出来たカフェに行ける元気が私にあるのか不安だが、久しぶりに感じる義勇さんのやらしい手つきに満更でもない感情が私を満たし彼を受け入れる事にした。


触られる度、ストレスが消えていくのを実感しながら。

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