※お題部屋シリーズ



「杏寿郎さん、お忙しいのにお買い物に付き合わせてしまって申し訳ありません」
「許嫁殿に頼まれたら断れまい!」



鬼殺隊でありその中でも選ばれた柱の称号を持つ彼、煉獄杏寿郎さんは私の許嫁だ。
母親同士が仲が良く、私が赤子で杏寿郎さんが2歳の時に私の頬に彼が接吻をした事から杏寿郎さんの母上が責任をとると言い出し許嫁が決まったのだ。

杏寿郎さんの母上が亡くなってからもその口約束は続いており、近隣からもいつ祝儀を挙げるのか煉獄家の道場に問い合わせが今でも来る。



「次はどこへ行こうか」
「私、久しぶりに杏寿郎さんのお家へ行きたいんです」



杏寿郎さんの母上が亡くなってから、父上も気分が沈んでしまって良い噂を聞かない。
それ以来、ご実家へのお呼ばれも無くなってしまった。

いつかは一緒になりたいと思う私に対して、彼はどう思っているのだろうか。
一緒にいればいる程彼の人柄の良さや、優しさ頼もしさが感じられ、ただの親の口約束だった物が私の中では特別な物になった。



「…父上の体調が良くないのだ、また別の日では駄目だろうか」
「噂ではお聞きしています、お父上がどんな状態でも私は受け止めますよ」
「…名前」



彼の表情からして今の父上を見せたくないのだろう、しかし、それも全て分かち合いたい。
そんな事位では貴方から離れてあげない、ずっとずっと小さい頃から慕っているのだから。
きっとあの頬に接吻された赤子の時には既に恋に落ちていたのかもしれない。

買い物中も握られていた手をもう一度強く握る。それに気づいた杏寿郎さんは一度手元に目を向け、私の顔へと視線を戻し頷いた。



「やはり、許嫁殿のお願いは断れまいな」
「うふふ、じゃぁ千寿郎君へお茶請けでも買って帰りましょう?」



優しい笑顔を見せながら頷く彼。
用のない百貨店の扉を開けて握っている私の手を外へ突き出し、先に出る様に催促する。
見かけや喋り方等大胆で豪快なイメージがあるが、女性の為に扉をあけると言う意外と紳士的な彼にドキドキする。

前へ差し出された手を握りながら外へでた瞬間、街の喧騒や人混みが消え辺り一面真っ白な壁に変わった。



「へっ?」
「名前!」



呆気に取られている私を後ろへ引っ張り、腕の中に閉じ込める杏寿郎さん。
炎が象られた羽織りの中にある彼の身体に身を寄せると、私の肩を優しく抱いた。
いつの間にか腰にあった刀を抜いて周りを見渡している彼の空気はピリついている。



「名前、私から離れるな」
「は、はいっ」



肩を抱かれ真っ白の世界を見渡す。
そこは四方真っ白の壁で閉ざされた部屋の様で、隅の方には甘い香りを放つお香と部屋の中心部には座布団が二枚置かれている。

ふと、杏寿郎さんが私の肩を離し一方の壁へ足を運ぶ。離れるなと言われたのを思い出し、後を追うとそこには扉の取っ手が付いていた。
杏寿郎さんはどこかにあったのか一枚の紙を手に取り眉間に皺を寄せて見つめている。

しばらくその紙と睨めっこした挙句、ぐちゃぐちゃに丸めぽいっと投げ捨てた。



「大丈夫だ、俺がいる限り名前は守り抜く」
「はい!信じております!」
「うむ!ではこの扉を突き破るから少し離れていろ」



そう言われ、少し離れた所にある座布団に腰を下ろした。
杏寿郎さんは始めは足で蹴りを入れどれ程の鉄壁かを確認し、次に持っていた刀を奮う。
轟音を響かせて何とか扉を突き破ろうとしてくれている姿をみていると、力になれない自分が非力で悔しくなった。

ふと先程杏寿郎さんが丸めて捨てた紙が目に入り、くしゃくしゃになったそれを少しずつ破けない様に伸ばして行くと文字が見えてきた。


『二十回、接吻をしろ』


それだけが書かれており、後は何もない普通の紙だ。顔に血が上るのがわかる、そっと地面にそれを戻し彼の方を見ると額から汗が流れ息が上がっている。
刀の方も硬い壁に何度もぶつけた事により刃こぼれしているのが見えた。

彼だけに無茶はさせられたい、意を決して座っていた座布団から立ち上がり杏寿郎さんの元へ足を運ぶ。



「むっ、どうした名前?」
「杏寿郎さん…」
「よもや」



彼の手を取り自分より硬い掌に唇を落とす、彼のただでさえ大きな瞳がより一層見開かれ顔をあの紙の方向へ向ける。
多分綺麗に皺を伸ばされている紙を確認し、私が読んだ事が理解したのか一つため息をついた。



「名前、やめるんだ」
「でも杏寿郎さん上見てください!」



私が指差した方向には、大きく黒い文字で『十九』と言う文字が浮かび出ている。
多分この数字が意味するのは後何回接吻すればいいのかだろう、唇同士でしか認めてくれないのかと不安だったが接吻する部位はどこでも良さそうだ。



「ほら、この紙に従えば開くんですよ」
「俺は年端もいかないお前に手を出す事はできない」
「私、杏寿郎さんと二歳しかかわりませんよ!それに!」



踵を持ち上げ何とか彼の頬へ唇を寄せる。
ちゅっと効果音を立てながら離れると、顔を赤く染めて動揺する彼の顔があった。
私が触れた所を手で押さえて、何か文句でも言うつもりなのか口をぱくぱくさせている。



「小さい頃はよくしてたじゃありませんか」
「それはそれ、これはこれだ!」
「ほら、後十八回です」



杏寿郎さんは黙り込みしばらく考えると落ち着かせる為か私を座布団に座らせた。

自分から二回も接吻してしまい、胸がドキドキと高鳴っている事に気づく。彼は先程戸惑いの表情を見せたが今はもう冷静になり私を見据えて口を開いた。



「名前、最後に確認する」
「はい」
「本当に俺で良いのだな?」



真剣な眼差しで私に問う杏寿郎さん。
今更何を言っているのだろう、嫌な人に自ら掌や頬と言えど接吻するわけないではないか。
むしろ、今まで許嫁と言われた私に手を出して来なかった彼は本当に私でいいのだろうか?
あまりに色恋な事が起こらなかった為、他に慕う人がいるのではないかと不安にはなっていた。



「嫌な人に自ら接吻なんかしません、それより…」
「それよりなんだ?」
「…杏寿郎さんも本当に私でいいんでしょうか」



返答が怖くて思わず強く瞼を閉じる。
すると頭に硬い掌が乗り可愛く見える様に結った髪の毛を乱していった。
思わず目を開け髪の毛を乱し続けている彼の腕を掴み止める。



「杏寿郎さん!やめてください!」
「そんな心配をしてたのか、安心しろ幼い頃から妻になるのは名前しか考えていない」
「…うそっ」



彼の手首を掴んでいた手はいつの間にか、彼のゴツゴツした指に絡みとられ繋がれていた。
そして、私のおでこに優しく優しく接吻を落とした。

自分からする分には恥ずかしさはあまり無かったが、いざされるとどんどん触れられたそこが熱を持ち敏感になっていくのを感じる。
おでこの次は、瞼、鼻、頬へと順々に降りてくる彼の唇。気づけば顔中が火照り、頭がクラクラする。



「ひゃっ…」
「名前は可愛いな」
「耳は、くすぐったいっ」



それを聞いた彼は耳に数回接吻を施す。
くすぐったかったそれがどんどん快感に変わり、彼の柔らかいそれが当たる度に身体が跳ねる。

彼の肩に置いていた手がどんどん力が入り、羽織りに皺を作る。ふと視線を感じ、顔をその視線の方向へ向けると私の知らない熱を含んだ杏寿郎さんの顔がそこにあった。
ギラギラと瞳を輝かせこちらを見つめ、舌舐めずりをしている。



「すまん、止まらない」
「んん、…あっ」



彼から送られてくる快感に段々と力が入らず、とても軽い力で床に押し倒されてしまった。
頭を支えられてゆっくり床に下ろされる、首に当てられている唇からは熱い息が出ておりゾクゾクする。

着物の襟口から彼の手が侵入しようとしたその時、扉の方から『カチッ』と言う音が聞こえた。



「んっ、ひぁ、杏寿郎さんっ」
「…」
「とびらぁっ、開きました、よ…」



唇の雨は止む事がなく、思わず彼の頬を両手で固定し目と目を合わす。
相変わらずギラギラした瞳が私を見つめ、唇は水分を保ち、鼻息が荒い。

扉の上の数字を確認すると『零』と言う表記になっており、私のも含めて二十回の接吻が完了した事を示している。
いい所だったのにな…と少し残念に思う私。



「早く出ちゃいましょう、また鍵がかかっちゃうかもしれませんし」
「…そうだな、では急いで俺の家へ向かおう」
「へっ、きゃぁっ!!」



所謂お姫様抱っこをされ一瞬のバランスの悪さに思わず杏寿郎さんの首に自分の腕を巻きつける。
いとも簡単に持ち上げる物だから、心臓がバクバクと鼓動を打つ。



「しっかりと捕まっていろ、急ぐ!」
「き、杏寿郎さん!?」
「文句は後で聞くとしよう!」



私をしっかり抱き抱え、開いた白い扉を足で蹴り破った。
そして人とは思えないさすが柱だと言わんばかりの走りであっという間に煉獄邸に着き、父上に挨拶する時間も与えてくれず彼の部屋で次の日の朝まで可愛がられた私だった。

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