漆黒のアタラクシア #23





決勝リーグ当日。
続々と観客が増える会場の中、関係者のみが立ち入る事を許されたエリアにある控え室にて、誠凛メンバーは刻々と近づく試合に向けて最終ミーティングを行っていた。
必要以上に騒ぐ事もなく、逆に口を噤むでもなく平然と、若干緊張を隠しきれない面子も居るにはいるが、それでも緊張しすぎて堅くなっているわけではないので問題はないだろう。


「そろそろ時間よ。全員、準備はいいわね!?」


リコの確認の言葉に、皆が真面目な顔をして頷く。
それを目を細めて見渡したリコは、瞳にさらに強い色を乗せて口を開いた。


「大事な初戦よ!何度も言うけどI・Hに行けるのは4校中3校!小金井くんも前に言ってたけど一見難しくなさそうに見えるわ。…けど」
「ん…!?」
「……」
「え、何!?」


リコが言葉を止めた途端、がしりと小金井の両腕が水戸部と伊月に拘束された。
それに困惑して二人に視線をやるも、二人は明後日の方向を向いたまま無言だった。
助けを求めるように室内を見渡すも誰一人として視線を合わせてくれる者はおらず、訳の分からない状況に涙目になりかけた小金井は、リコの「なめんなー!」という気合の入った一喝と共にハリセンで頬を叩かれた。
パァンと冗談のように良い音が鳴る。


「リーグ戦だから一敗までは大丈夫、とか、そんなこと少しでも考えたらおしまいよ!」
「なんで!?何で今俺叩かれたの!?」
「大事なのは今!この試合よ!」
「スルーするとか酷くない!?」
「小金井くん、ちょっと静かにしてよね」
「え!?なにこれ理不尽!」


もう、仕方ないわねと言わんばかりにわざとらしく頬を膨らませて見せたリコに、小金井は叩かれた頬を押さえながらもツッコミは欠かさなかった。
しかもあのハリセン、前に俺が作ったやつなのに!という主張の後、「てか黒子!」と現在そっと火神の影に隠れるようにして静かに様子を窺っていた黒子を指差した。


「今ハリセン渡したのお前だろ!」
「すみません。係りだったので」
「係りって何の!?」
「悪い、俺も係りだったんだ」
「だから何のだってば!」
「……」
「水戸部も!?」


申し訳なさそうにする水戸部に、相変わらず視線を逸らしたままの日向たち。
どうやら自分だけ何も聞かされていなかったらしいと悟った小金井はショックを受けたように、若干大袈裟に「ひどい!」と喚いた。


「小金井くん。そろそろ仕切り直していいー?」


しかしそんな抗議の声はリコによってさらっと流され、一通りツッコミ終わった小金井も特に不満なく「あ、うん。どうぞー」と頷いたのだった。
コホン!と咳払いしたリコは再び真面目な顔をして声を張る。


「『次頑張る』は決意じゃなくて言い訳だからね!そんなんじゃ次も駄目よ!」


それを合図にしたように各所散らばっていた面々も部屋の中央付近に集合し、円陣を組むようにして軽く膝を折った。


「絶対勝つぞ!誠凛―――ファイ!」
「「「オオ!」」」





***





決勝リーグ戦だけあってこれまでの試合より観客が増えて騒がしい場内で、ウォームアップで軽くボールをついていた火神が、相手チームに見知った人物の姿が見えないことに気付いて眉を顰めた。


「あれ、青峰は?いないんすか?」
「あ?」


声を掛けられた人物は忌々しげな顔を隠そうともせずに「遅刻だよ。あの自己中ヤローは」と舌打ちしそうな勢いで吐き捨てる。


「なっ…!?」
「……」
「すまんのー。アイツおらんとウチも困るんやけど」


遅刻と聞いて驚く火神と、そうきたかと言わんばかりに目を瞬いた黒子に、近くにいた黒髪に眼鏡をかけた男が続けるようにそう言った。


「後半辺りには来るで。せやからウチらはまぁ…前座や。お手柔らかに頼むわ」


困惑した様子の誠凛メンバーに構うことなく、格好だけはどこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせて、けれども本心が見えない相手の態度に黒子は目を細めて注視する。
火神が最初に話しかけた不機嫌そうな男がそんな黒子の存在に今更ながらに気付いて「あ!」と声を上げた。


「お前、あれだろ!『テツくん』!」


指を指されて名を…というより渾名を呼ばれた黒子は「はい?」と間の抜けた声を出した。
知り合いか?と火神に問われるも、まったく見に覚えがないので首を横に振る。


「ん?ホンマや、リアル『テツくん』やん」


すると眼鏡を掛けた方の男も声のトーンをいささか上げて黒子の名を呼んだ。
途端、桐皇勢に小さなざわめきが起こった。
それに戸惑う誠凛メンバーをよそに、桐皇の二人は囲い込むように傍によって、疑問符を浮かべつつ見上げてくる黒子を見下ろす。


「実物マジで影うっすいな!」
「写真で見るより色も白いで。見てみ、肌つるっつるやん!」
「うお!女子か!」
「最近マジバのシェイクがお気に入りなんやってなー。あそこ安いし美味いからわしも嫌いやないで」
「つーかお前帝光でキセキの世代と一緒にコート立ってたんだろ?俺ぜんっぜんお前のこと見たことねーんだけど!」


妙にプライベートなことまで知られている事実に唖然とした黒子はされるがまま髪を撫でられたり頬を突付かれたりしていたが、すぐに我に返ってミスディレクションを駆使して火神の背後へと身を隠す。
直後、二人から「消えた!?マジで天使だったのか!?」「聞いてた通りや!ホンマに天使はおったんや!」などといった戯言が聞こえてきたが黒子は全力で聞かなかった事にした。
何か言いたそうにこちらを窺ってくる火神の背中に張り付いて額を軽く打ち付ける。


「…えーっと」
「何も言わないでください」
「あー、うん。そーだな」


不憫なものを見る目を向けてくる先輩達から視線を逸らすと、宥めるように全員から交互に頭を撫でられた。
桐皇メンバーが居る方からは、あれが『テツくん』だってよ、どこだよ『テツくん』、わかんねぇんだけど!マジ影薄い!あ、いた!俺まだ見つけれてない!などと口々に呟かれる声が絶えず聞こえてきて、黒子と火神はこっそりとお互いの顔を見合わせる。


「ものすごく嫌な予感がします」
「だろうな」


なにやら恍惚とした表情でこちら…黒子を見詰めたまま手元の紙に高速で何かを書き込む桃井にちらりと視線をやった火神は、その視線から黒子を隠すように、そっと二人の間に体を割り込ませたのだった。





***
桐皇バスケ部には一日一回、桃井さんのテツくんなう!タイムがあるそうです。

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