漆黒のアタラクシア #21





夏独特の熱気を帯びた風が二人の間を吹き抜ける。
双方、一定の距離を取ったまま決して歩み寄ろうとはしない。
青峰は指でボールをくるくると回しながら、煽るように目を細めて火神を見やった。


「なら俺が言いたい事も分かんだろ」
「黒子は、お前のもんじゃねーぞ」
「はぁ?何言ってんだ、お前」


心底呆れた様な青峰は、数回その場でドリブルして地面を蹴った。
火神を追い抜くようにしてゴールに走り、跳躍して勢いよくリングにボールを叩き込む。
ゴールポストがその威力を物語るようにぎしりと悲鳴を上げた。


「テツは俺のもんに決まってんだよ。昔も、今も、これからもずっと。あいつが何て言おうがな」


太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前のことのように、どこまでも傲慢にそう言い放った青峰に一瞬呆けたように目を瞠った火神は、じわりじわりと内容を沁みるように理解し、額に青筋を浮かべた。
ふざけるなよ、と怒鳴りつけるように声を荒げる。


「つまり、黒子の意思なんて関係ねーっつー事かよ!」
「ああ?テツだって俺の傍に居たいと思ってるに決まってんだろ」
「決まってねーよ!つーか既に別れてんだろうが!」
「付き合ってねーのに別れるとかねーだろ」
「そっちじゃねーよ!!」


なんなんだ馬鹿なのかコイツ!?と苛々したままツッコミを入れる火神だったが、青峰は興味なさそうな顔を隠しもしないであからさまに溜息を付いた。


「誰も勝負になるなんて思ってねーよ。言ったろ、試してやるって。いいからグダグダ言ってねーでやれよ」


青峰の中ではすでにここで火神とバスケする事は決定事項なのだろう。
相手が怪我をしている事など関係なく、ただ黒子が選んだ人間を『見たい』だけ。
それが分かっているから余計にこの男の言いなりになるのは腹立たしくて、火神は挑発に乗って頷くことはなかった。
そんな火神に青峰は面倒くさそうに舌打ちする。


「お前さぁ、テツの本当の光になれるとでも思ってんの?んなわけねーだろ」
「はぁ?」


転がったままだったボールを拾って、投げやりな動作でゴールに投げる。
リングに掠る事無く決まったそれはあまりにも自然で、そういえば黒子が青峰はどんな姿勢からでも得点できると言っていた事を思い出した。


「お前と組んだのだって、俺の前に強いやつを連れてきたいからってだけだろ」


この男は黒子の『現在』を知らないはずだ。知っているならこの台詞は言わないだろう。
当時の事はそこまで詳しく話を聞いているわけではない。
だが、『中学時代の黒子』と『今の黒子』の実力には大きく差がある事は本人から聞いて知っている。
全てが終わった瞬間だったのだと、その透き通った色の瞳を伏せながら教えてくれたが、あの時黒子の中に在ったのは何だったんだろうか。


「俺より強いやつなんて存在しねーもんを俺の為に探すなんて、かっわいーよな、テツ」
「……テメーがどんだけ重症なのかはよーく分かった」


勝手な言い分に、火神は低くそう吐き出した。
鋭かった瞳をさらに尖らせて、燃えるような色を浮かべた瞳で青峰を射抜く。


「黄瀬といい緑間といい、『キセキの世代』ってのは癇に障るヤツばっかだけどテメーはそん中でも格別だな。ぶっ倒してやるよ!」
「ハッ!最初からそうしてりゃー無駄な時間使わなくて済んだんだっての」


今にも殴りかかってきそうなほどの闘志を剥き出しにする火神に対して、青峰はどこまでも毅然とした態度を崩さなかった。





***





「青峰くんと同じ学校に行ったんですね」
「うん。アイツほっとくと何しでかすか分からないからさ…」


先ほどまでのハイテンションな撮影会から一転、プールサイドのベンチに腰掛けて何やら深刻そうな表情で話し込む黒子と桃井に、すでにプールから上がっていた日向達は空気を読んでそっと距離を取っていた。
けれども気になるのは気になるらしく、全員がこっそりシャワースペース近くからチラチラと二人…主に桃井を眺めている。
どこをどう見ていたと明確に口にしたわけではないが、虚ろな光を宿したリコの瞳が鼻の下を伸ばす数名を見据えて「午後練のメニュー三倍」を告げた。同時に悲痛な悲鳴が上がったが黒子たちは気にせず会話を続ける。


「決勝リーグ進出おめでとう。ビデオでミドリンとの試合見たよ!最初にやったあの中継挟んだロングパスってテツくんの案でしょ?」
「よく分かりましたね」
「やっぱり!ミドリン対策であんな事考えるのって絶対テツくんだと思ったんだ!」


こうして桃井と並んでいるところを見ると、黒子も立派な男に見えた。
黒子は普段から誰よりも男前なのだが、傍にいるのが規格外な体格を持つ男なせいで見た目はあまり性別を感じないところがあるのだ。
いや、あんまり体格関係ないな、主にアイツ等の言動のせいだな、と一部の人間の間に微妙な空気が流れたが、それはそれだった。


「火神くんだっけ。彼、昔のアイツにそっくりだね」
「……はい」


ちょ!黒子顔っ!めっちゃ不本意そう!
普段のポーカーフェイスはどこ行ったと言わんばかりに顔を歪めて遠い目をした黒子に、日向たちは心の中でツッコミを入れた。
あの黒子に此処まで露骨な顔をさせる青峰とは一体どんな人間なのかと皆が顔を合わせて首を傾げていると、どうやら彼等の話題は次に移ったらしく、先ほどの雰囲気を吹き飛ばす勢いで桃井が楽しげに笑っていた。


「でね、試合のビデオにベンチに居たテツくんも映ってたからスクショしまくってたら容量いっぱいになっちゃって、奮発して新しいHDD買ったの!」
「そうなんですか。出来れば全部消してもらいたいですが」
「消すなんて勿体ない!どう考えたって永久保存用だよ!」
「……」


ですよねーとでも言いたげに視線を逸らした黒子に、苦労してるんだなとほろりと来た人間と、いいなぁ黒子死ねばいい…と思った人間は半々だった。


「あ、そうだ忘れてた!『テツくんとプールなうヾ(≧▽≦)ノ』っと!」
「?誰にメールしたんですか?」
「みんなだよ!」
「みんなって…まさか」


10分後、黄瀬くんがデジカメ片手に駆け込んできました。





***
青峰くんポジティブシンキング!でも後々ブーメラン。

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