漆黒のアタラクシア #20





決勝リーグまであと二週間あるということで、誠凛高校から徒歩十分という場所にあるリコの父親が経営するスポーツジムにてプール練習をする事になった日向たちは、しっかりと準備運動に柔軟を終え、若干憂鬱そうな顔をしながら水中に体を沈めた。


「じゃ、最初はスクワットからよ!」


にっこり笑ったリコがそういって笛の音を響かせる。
一定の間隔を開けて鳴らされる笛に合わせてスクワットを続ける日向たちの顔は傍から見ているだけでも相当辛そうで、それが過酷な事が分かった。
水中は浮力がある分、体を痛めにくいのだが、水の中で体を動かすためにかなり抵抗が強いのだ。要はその分体力を使う。
プールサイドで練習を見学していた黒子は自身の体力のなさを自覚しているため、参加してたら真っ先に倒れてましたねと苦笑を浮かべた。
と、その時ベンチに置いていた携帯がメールの着信を告げる。
どうやら今日プール練習に参加していない火神からのメールのようだ。
火神は先の秀徳戦で痛めた足の療養をかねて、今日は休みを言い渡されている。
とても不満そうな顔をしていた彼からのこちらの調子はどうかと聞くそのメールに、黒子はプールサイドから死屍累々と化している部員たちが水面に浮くのを一度眺めて、パシャリと写真を撮って送信した。
すぐさま返ってきたメール内容は一言、『ヤベェ((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル』。
プール練習の過酷さがしっかり伝わったようで何よりである。


「49…50…!」
「はい、一分休憩!」
「あー!マジキッツイ!!」


何セットか終わらせて、ようやく告げられた休憩の合図にみんなは水面に身を任せながら肩で息をする。
ぜいぜいとつらそうな息遣いにドリンクでも配ろうかとベンチから立ち上がった黒子の視界に、以前はよく目にした桃色が映りこんできた。


「面白い練習してますねー」


くすくすと甘く室内に響く、聞きなれない女性の声に日向たちが振り替える。
そこに居た見知らぬ、けれどもかなり容姿の整ったスタイル抜群の水着姿の美人に、男たちは驚きながらも顔を赤くした。
桃井さん、と呟いた黒子に気付いた小金井が知り合いかと首を傾げる。


「お久しぶりです、桃井さん」
「本物のテツくん、久しぶりー!」
「今日はどうしてここに?」
「もちろんテツくんに会いに!」


写真でしか会えなくて寂しかった!という桃井に、若干引き攣った表情でリコがどちら様かと声を掛けた。
桃井はその問いに、ぱぁっと輝かしいばかりの笑顔を浮かべる。


「テツくんの彼女(になり隊リーダー)の桃井さつきです!」
「え、なんて?」
「今なにか含みが無かった?」
「彼女ってマジで!?黒子、お前それ火神が知ったら…」
「何を言いたいのか分かりませんが、とりあえず僕と桃井さんは付き合ってませんよ。彼女は中学時代のマネージャーだった人です」
「中学時代…ってことは帝光の!?」


桃井の経歴に驚くと同時に黒子との関係に納得した面々は、けれどもやけにイチャイチャしている二人(誤解)にイラッとしながら内心で火神に言いつけてやると思っていた。


「高校生テツくんの等身大パネル作るから写真撮らせて!ユニフォームバージョンと制服バージョンで!」
「丁重にお断りします」
「相変わらずつれない!でもそんなところもカッコいい!」


結局何を言っても桃井にとっては黒子が黒子なだけで十分なのだった。
どうしたらいいのかと困惑しっぱなしの部員たちを放置して、どこから取り出したのかカメラを構える桃井。
そんな彼女に「本当に会いにきただけなんですか?」と聞いた黒子の声は「アンニュイなテツくんも素敵!」と夢中で写真を撮りまくる桃井には届かなかった。





***





桃井が黒子と強制撮影会をしている頃、火神は近くのストバスコートに居た。
ゴール正面のフリースローラインに立ち、軽くドリブルしてシュートする。ボールは危うげなくゴールに吸い込まれていった。
怪我のために動かないようにするべきなのは分かっているのだが、じっとしているのは性に合わない。
バスケをしたのがバレたら怒られるだろうなとは思いつつも、今こうしている間にもキツイ練習をしている仲間を思うと一人休んでいるのは嫌なのだ。
しかしそんな思いとは裏腹に、足は引き攣るような痛みを訴える。
思わず舌打ちして息を詰めた火神の耳に、見知らぬ男の声が届いた。


「おーおーマジでいるよ。さつきの情報網ってやっぱすげーわ」
「…?」


転がったボールを黒に近い青い髪をした色黒の男が拾いあげ、どこか仄暗い色を浮かべた瞳を火神に向ける。
その顔に浮かべられた、こちらを嘲笑うような、いや正しく哂っているのだろう。
男のそんな表情に、酷い不快感が湧き上がった。


「火神大我、だろ?相手しろ。試してやるから」
「…あ?誰だ、テメー。名乗りもしねぇで相手しろとか、気にいらねぇな」
「お前の気分とか聞いてねぇよ。やれっつったらやるんだよ」


どこの俺様だ。
自分勝手な男の言い分に、苛立ちが募る。
ただでさえカントクの言いつけを破って練習していたのだ。これ以上動いて怪我を悪化させでもしたら怒られるだけではすまないだろう。
火神は付き合ってられるかとばかりに踵を返したが、男は余裕を崩さないまま「テツから聞いてねぇのか」と声を掛けた。
途端に足を止めた火神に、男は息を吐くように低く笑ってボールを指先でくるりと回す。

テツ―――その呼び名には聞き覚えがある。

自身の相棒であり影である黒子が、いつか言っていた。
かつて『キセキの世代』の一人が自身をそう呼んでいたと。
彼だけが、自分をそう呼んでいたのだと。
どこか苦笑にも似た柔らかい笑みを浮かべて。
黄瀬の事を話す時も、緑間の事を話す時も、他のキセキの世代の事を話す時も平静だった黒子の、唯一ちいさく揺らした瞳の、その想いの在り処。


「―――青峰、大輝」
「ハッ!知ってんじゃねーか。やっぱテツから聞いてたか」


どこまでも悪役にしか見えないような笑みで口角を上げた青峰に、既に同じチームでも学校でも無くなった今でもまるで自分の物のように『テツ』と気安く黒子を呼ぶ青峰に、どす黒く澱む様な感情を抑えることもせず、火神は心底からこいつを叩きのめしたいと思った。





***
アイドルの追っかけクラスのテツくんマニア桃井と、何があってもテツは俺の!な俺様青峰。

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