漆黒のアタラクシア #19





漸く説教を終わらせたらしく、少し疲れた様子で席に戻ってきた緑間は黙々とお好み焼きを頬張る黒子を見て「よく噛んで食べるのだよ」と注意した。
それに平然と頷いた黒子に、特におかしいとも思っていなさそうに「相変わらずっスねー」と笑みを溢す黄瀬に、このやりとりが彼らの中では極普通の事だと知れて何とも言えない気分になる。
お前は黒子の親かと内心で悪態付いた火神は、それに気付いたわけではないだろうが自分の方を見た緑間に対して「なんだよ」と不機嫌そうに文句を言って睨んだ。


「火神、お前に一つ忠告をしてやろうと思ったが癪に障るので止めておくのだよ」
「いや、そこは言えよ!」


心底から不本意そうな顔を隠しもしない緑間に、これキレてもいんじゃね?と思った火神だったが黒子の手前、押し留めて相手が口を開くのを待つ。
初めに頼んだ注文分を食べ終え、追加した分に手を付けている火神を黄瀬が異星人でも見るような目で見ている中、ようやく三分の二ほどを食べ終えた黒子は自らの視線誘導技術を駆使してそれとなく残りを火神に押し付けた。


「…東京にいるキセキの世代は二人。俺ともう1人は『青峰大輝』という男だ」
「たぶん決勝リーグで当たるっスよ」
「それがどうかしたのか?」
「あいつは、お前と同種のプレイヤーなのだよ」
「―――ああ、そういうことか」


黒子の残した分を火神からそれとなく奪いながら黄瀬が嘲るような視線を向けてくるのを無視して、素早く取られた分を取り返した火神が文句を言われる前にそれを口に放り込む。
殺気が一気に噴き出したがそれさえもさらりと流し、黄瀬と火神のやり取りに気付いていない緑間に向けて挑発的に笑って見せた。


「言っとくが、ある程度は黒子から聞いてる。だから、負ける気はねぇよ」
「フン…まぁせいぜい頑張るのだよ」


勝てると思っているのかいないのか、高確率で後者であろう緑間はそれだけ言うに留る。
何を言っても結局はあの男と対峙してみれば分かる事だと、黒子がどこまで火神に話しているかは知らないが、そう思ったところで「緑間くん」と黒子から声が掛かった。


「またやりましょう。…今度は僕が居る時に」
「当たり前だ。次は勝つ」
「あ、俺も!俺もやるっスよ!黒子っちは俺のチームで!」
「なんでだよ!」


ちゃっかり黄瀬まで交じって雑談を続け、結局しっかりデザートにアイスまで食べて帰って行った彼らに、通算何度目になるか分からないが、キセキの世代の仲の悪さを疑わずには居られない誠凛メンバーだった。





***





授業終了のチャイムと共に、火神はぐったりと倒していた体を起こして憂鬱そうに体を反転させた。
後ろの席でそんな火神を労わるように見やり、黒子は苦笑を浮かべる。


「大丈夫ですか?」
「……つれぇ」
「頑張ってください。試合に出れなくなりますよ」
「わかってっけどさぁ…」


自然な仕草で伸ばされた腕をするっと避けた黒子に、がっくりと肩を落として黒子の机に懐いた火神は忌々しげに呻いた。


「ちょっと触るぐらい別によくねぇ?」
「約束ですので」


しれっと答える黒子に、火神の脳裏にはここ数日、鬼のような顔をして勉強を教えてくれた先輩達の姿が浮かんだ。
決勝リーグがあるのは来週の土曜日。
誠凛では実力テストの結果、下位100人がその日強制的に補習をさせられると決まっており、中間テストではよくこの学校に入れたなというレベルの点数を取っていた下位100人に余裕で入っている火神はリコのスパルタの元、猛勉強する破目になっていた。
授業は寝つつもテストではしっかり平均点を取っている黒子はまだ余裕があるが、火神はこのままでは本気で補習確定である。
なんとか試合に出るために、ここ二日ほど睡眠時間を大幅に削って勉強に割り当てていた。
実際身になっているかどうかは本日の実力テストで明らかになるが、決勝リーグをエース抜きで行くわけにはいかないので先輩方の熱の入れようは半端ではなかった。
実際何人かは近くの神社に神頼みに行ったらしい。
当の本人はそんな暇があったら勉強しろと言われて教科書と格闘していたが。
「テストが終わるまで黒子くんは没収します!」とか「真面目に勉強しないなら黒子はあげません!」とか「補習回避するまで黒子に触るの禁止!」など訳の分からない事を言っていたのも焦りからだろうと思っている黒子は、正しくそれが火神に効果があった事を自覚していない。
脳に嘗て無いほど知識を叩き込まれ、見ていてまさにショート寸前な火神には同情が浮かぶが、ここで甘やかしてしまうとバスケ部に未来は無い事は痛いほどに分かりきっていたので庇ってくれる人は居ない現状である。


「…仕方ありませんね」
「あ?」
「もしどうしても駄目だったらこれを」


筆箱から取り出した鉛筆を1本、そっと差し出してきた黒子を火神が不思議そうに見やる。


「緑間くんが昔くれた最後の手段…湯島天神の鉛筆で作ったコロコロ鉛筆です」
「あいつ何やってんの?」


冷静な火神のツッコミに、「緑間くんは何事にも人事を尽くす方なので」と答えになっていない答えを返した黒子だった。


「今回のテストは四択のマークシート方式です。必ずや役に立つときがくるでしょう。無礼のないよう取り扱ってください」
「これ本当にただのコロコロ鉛筆だよな!?」


戦々恐々と鉛筆を手に震える火神に、黒子はふっと微笑を浮かべて「勿論です」と頷く。


「低級霊レベルなら除霊できます。僕もよくお世話になってますよ」
「なにそれ怖ぇ!つーか世話になってるってどっちの意味で!?」
「……」
「無言は止めろマジで!!」


結局は不可解な難問を前にコロコロ鉛筆に頼る事を余儀なくされた火神は、結果98点という高得点を叩き出し、緑間の人事の尽くしっぷりに畏怖したのだった。





***
今回はさらっと。

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