漆黒のアタラクシア #18 結局もんじゃは諦めた黒子は豚玉にするかミックスにするか悩みつつ、あれから何故か同席する事になった緑間に視線をやった。 火神の隣の席で腕を組んで眉を顰める緑間から、今の状況が不本意だというのはありありと見て取れる。 その背後では黒子たちをこの状況に導いた元凶である高尾が、今にも吹き出しそうな顔でにやにやと此方の様子を眺めていた。 高尾に乗せられる形で緑間に席を譲って座敷へ移動した笠松が、そんな高尾を呆れたような表情で見やったが、特に何かを言う気はないらしい。 とりあえず黄瀬が何かしら犯罪行為に走りそうになったら逸早く止めるためにと通路側に座った笠松に、苦労してるんだなと少しほろりと来た日向だった。 「とりあえず何か頼みましょうか」 そういうなり近くに来ていた店員にメニューを指差しながら注文した黒子に習って、火神もメニューから食べたいものを選ぶ。 頼む物が多すぎて呪文のようになった注文をする火神に、黄瀬と緑間が驚愕を浮かべてツッコミを入れる。 すでに火神の食べる量への疑問は抱かなくなっている誠凛メンバーは、何となく新鮮な気持ちでそんな二人を眺めていた。 「ちゃんと一個は食いきれよ」 店員が若干引き攣った顔で注文を聞き終えたのを確認し、テーブルごしに黒子の頬をするりと撫でながら、黒子の小食っぷりを知っている火神は釘を刺すようにそう言った。 それに少し頬を緩めた黒子は、「大丈夫です」とどこか自信ありげに微笑む。 「僕には火神くんが居ますから」 「残すのを前提にするのは止めるのだよ、黒子」 「黒子っちが食べきれなかった分は俺がちゃんと食べてあげるっスよ!」 黒子に触れる火神の腕に刺す勢いでもんじゃ用のヘラを突きつけてきた黄瀬の手から逃れつつ、横から足を踏みつけようとしてくる緑間から距離を取った。 三人それぞれの舌打ちが響いたのはご愛嬌だろう。 「黙ってろ黄瀬。まぁ食いきれなきゃ食ってやるけどさ、一応頑張れよ?」 「ありがとうございます、火神くん。善処します」 「黒子、そこは頷くところなのだよ。あと黙れ黄瀬」 「俺の扱いが酷い!!」 わっと大袈裟に嘘泣きする黄瀬に対して、緑間と火神は揃ってその姿を鼻で哂った。 直後、ガタンと椅子が鳴って緑間の体が揺れた…と思った瞬間、今度は黄瀬側で同じ現象が起こる。 テーブルに手を付いたままジリジリ睨みあう二人に、黒子はいつものことだと気にしなかったが、火神は状況が良く分からず首を捻った。それとほぼ同時に今度は火神の椅子が揺れ、油断していた火神は慌ててテーブルに手を付いて体勢を整える。 「てめぇ…何しやがる!」 「変な言いがかりつけないで欲しいっスね。勝手にバランス崩したの、そっちじゃないっスか」 相変わらずテーブルに両手を着いたままの黄瀬がとぼけた顔で肩を竦める。 「フン、そのくらいで動揺するとは。黒子に相応しいとは到底思えないのだよ」 「さっき俺らに負けたお前が言うな!」 「そ、それとこれとは別なのだよ!」 「別じゃねーだろ!」 「はぁ?たかが一回や二回俺らに勝ったくらいで黒子っちに相応しいとか勘違いしてんじゃねーぞ。つーか俺ら全員に勝ってから言えよっつってもそう簡単に認めたりしねーけど」 「あ、すみません。おしぼり一ついただけますか」 凶悪な顔で睨みあう三人をしりめに、机の下の攻防には参加していない黒子はテーブルが揺れて零れた飲み物を拭く為に店員に声を掛けていた。 それを見ていた他の面々は「さすが黒子」と揃って同じ感想を抱く。 話題真っ只中な当事者のくせにまるで他人事のような顔をしている黒子に、とうとう耐え切れなくなったのか高尾が吹き出して呼吸困難になっていたが、誰も助けようとはしなかった。 微妙にガタガタ揺れ続けるテーブルに溜息を落とし、黒子は隣で猛犬のような目をし始めた黄瀬の頭を軽く撫でる。 パッと表情を明るいものに変えて、主人に褒められた犬のように輝かしい笑顔で黒子を振り返った黄瀬に、緑間と火神は苦々しい表情でそれを見た。 「そこまでにしてください。お店の方に迷惑が掛かります」 「えー、でも黒子っちー」 「君たちが何を言おうと火神くんはあげませんよ」 「「!?」」 黒子の故意か天然か分からない勘違い発言に、まるで世界の終わりを見たかのような絶望顔を披露した二人だった。 火神だけは黒子のそういうズレた発言に慣れていたので、特に衝撃もなく仕方なさそうに苦笑して「そうじゃねぇだろ」と黒子の額を小突いていたが。 注文したものが出揃って鉄板の上で焼きあがるのを待つ間、必然的に会話が途切れて黒子たちのテーブルには沈黙が落ちた。 片手しか使えないのにひっくり返す事に挑戦しようとする黒子と手伝おうとする黄瀬、止める火神の三人を何と無しに眺めていた緑間は小さく溜息を付く。 それに目ざとく気付いた黄瀬がどうしたのかと問うように緑間を見た。 「いや、少し変わったように見えたが気のせいだったと思ってな」 「変わったっスか?」 「だから気のせいだと言っているだろう。…戻っただけだ。三連覇する少し前にな」 なんとなしに呟かれた言葉に、緑間の言いたい事を察した黒子は涼やかな色の瞳を向けた。 「あの頃はみんな、そうだったじゃないですか」 「お前らがどう変わろうと勝手だ。だが俺は楽しい楽しくないでバスケはやってないのだよ」 「……じゃあ僕が火神くんと組んでも問題ないですよね」 「火神死ね」 「死ね!?」 背後から大量の草が生えてそうな笑い声が聞こえてくるが聞き流し、どう考えても『どう変わろうと勝手』だと思っているとは思えない緑間に火神は呆れたような顔をしてみせた。 「お前らマジごちゃごちゃ考えすぎだろ。バスケは楽しいからやってるに決まってんだろーが」 「…何も知らないくせに知ったような事を言わないでもらおうか」 「「あ」」 黄瀬と黒子の声が聞こえたと同時に緑間の後頭部にお好み焼きがクリティカルヒットした。 笑いすぎて涙を浮かべていた高尾が両手にヘラを持ったまま固り、ゆっくりと振り返った緑間の顔を見て誤魔化すように笑う。 どうやらひっくり返すのに失敗したらしいが、失敗してどうして隣の席とはいえ距離のある緑間の後頭部に命中するのか。 正直この場にいた面々は高尾の故意だと思っていたわけだが、緑間にとってはどちらでも同じだったらしい。 飛んできたお好み焼きを地面に落ちる前に手で受け取り、ゆっくりと高尾に近づいていく。 危機を察知した高尾が素早く逃げようとしたが、面白がった小金井と伊月に捕獲されて身動きが取れず、逆光で眼鏡を光らせる緑間によって顔面にお好み焼きを叩きつけられていた。 食べ物で遊ぶのはどうかと思います、と思いつつ口に出さない黒子はいつもどおりのポーカーフェイスで自分の分のお好み焼きを口に運んだ。 「火神くんの言うとおりですね」 「何がっスか?」 「つまらなかったらあんなに上手くなりませんよね、バスケ」 ふふ、と笑いながら不機嫌に高尾に説教する緑間を見る黒子の瞳はやさしい。 その目が自分に向いていないことに不満そうにしながらも、黄瀬は「そうっスね」と同意した。 「緑間っちはツンデレっすからね〜。デレは行方不明っスけど」 「黒子専用なんじゃねーの」 「そうなんですか?」 「かもしれないっスねー」 まさか自分の発言を『ツンデレ』の一言で終わらされているとは思っても見ない緑間は、とうとう高尾を正座させてまで説教を続けていたのだった。 *** あれ、話が進んでな(ry |