前途多難な極彩色の軌跡 #08





「あ、灰崎くん!よかった、ここに居たんだ!」


ぱたぱたと廊下を走りながら此方に駆け寄ってきた桃井に、灰崎は軽く小首を傾げた。


「何か用か?」
「赤司くんから伝言だよ!昼休憩は部室に集合だって」
「部室?…今日なんかあったっけ?」
「さぁ。じゃ、ちゃんと伝えたからね!」


ちらちらと灰崎のクラスの教室内に視線を向けた桃井は、少しだけ残念そうな顔をして灰崎に背を向ける。
歩き出した桃井の背中を眺めながら呼び出しの理由を考えていると、「あ!」と小さく声を上げた桃井が振り返って「テツくんには内緒で!って言ってたから!」と言い残して去って行った。


「内緒も何も、ここに居るんですけどね」
「うお!?テツヤ!?いつのまに?!」


背後から話しかけられた灰崎は、大袈裟なくらい肩を震わせて振り返った。
後ろ暗い事などないくせに妙に慌てている灰崎を内心ニヤニヤしながら「君が決め顔で『何か用か?』って言ったところからです」と言ってやると、「初めからかよ!」と想像通りの文句が返ってくる。


「ってか悪意を感じる言い方だなオイ!」
「被害妄想強すぎじゃないですかヤダー」
「ひでぇ棒読み!」


勿論わざとだった黒子は、やれやれと子供を宥める大人のような顔をして肩を竦めたあと、桃井が去った方を見て首を傾げた。


「一軍だけで何かあるんですかね?」
「つっても、んなの聞いてねぇぞ?」
「僕に内緒というのが気に掛かりますが…」
「聞いてくるか?」
「いえ、面倒なんで結構です。何かあったら灰崎くん、頑張ってくださいね」
「俺に押し付ける気か!マジで殴りてー!」
「なるほど。灰崎くんは産屋の格好で校門前に放置されたい、と」
「さーせんっしたああああ!!!!」


ずさーっと音がしそうなくらい勢いよく頭を下げた灰崎に、道行く生徒たちがビクリと肩を震わせてそちらを凝視したが、彼らの目には1人で何もない場所に向かって土下座している灰崎が居るだけに見えていた。
ちなみに『産屋』とは某遺跡に出る化人(けひと)の一種で、巨大なカブトムシのような本体の上に擬態がある化け物である。
この擬態というのが何と、等身大の女性を模ったものなのだ。
しかも首元のアクセサリーから伸びる紐で繋がった装飾が女性としての大事な部分をささやかに隠しているだけで、他は頭から背中部分を布が覆っている以外はほぼ全裸と言っても過言ではない。
肌が青緑っぽくて耳が鋭く尖っている点に目を瞑れば、整った顔立ちの女性がグラビアアイドルさながらにM字開脚している状態である。
この敵に出くわした時の灰崎のテンションの高さは黒子が鬱陶しがって踵落としで沈めたほどだった。
そんな格好にされて校門前に放置すると宣言されたら灰崎でなくとも許しを請うだろう。
何と言っても黒子はやると言ったらやるのだ。
普段は面倒くさがりなくせに人の嫌がる事は面白がりながらやる男だというのは、ここ数日バイトとして化け物の出る遺跡を喜々として連れまわされた灰崎にはよく分かっていた。
ちなみに黒子とバディを組んで一番最初に覚えた事は『化け物を余裕で嬲るテツヤに逆らう=俺、終了のお知らせ』だったりする。
なんだかんだ言いつつしっかり調教されている灰崎だった。


「産屋だけは…!産屋だけは勘弁してくれ!」


廊下でそんな風に悪目立ちしている灰崎は気付いていないが、既に黒子は元から薄い存在感を更に薄めて素知らぬ顔をして教室に戻って本を読んでいた。





***





昼休み、桃井に言われた通り部室まで足を運んだ灰崎は、ギィィィ…と重い鉄の扉を開く音と共に室内に足を踏み入れた。
うちの部室の扉って開ける時こんな音したっけ?と思いながら奥に視線を向け、そこに居た人達を目にした途端、躊躇無く踵を返した。
素早い動きに、けれども中心にいた人物は分かっていたかのように手元の何かを灰崎に向かって投げる。
風を切るように飛んで行ったそれは、灰崎の頬の横をすり抜けて正面の壁に突き刺さった。
ドアノブに掛けていた手を震わせ、壁に垂直に突き刺さった鋏を確認し、機械の様にぎこちなく振り返った灰崎は「はは、」と乾いた笑みを溢す。


「よく来たな、灰崎。まぁ座れ」
「いやいやいや、絶対何かあるだろこれ!俺にいい事ねぇだろ!?」
「うるせぇな…ちょっと黙れよ」
「なんでキレてんだよダイキ!つーか四人とも目が笑ってねぇし!」
「笑える状況ではないのだよ」
「いいから座りなよ崎ちん。話はそれからだ」
「ATSUSHI?!」


後半の台詞を聞いた事もないような低い声で殺気混じりにそう言った紫原に、灰崎は怯えるように後退る。
背中はぴったりと扉に張り付き、中々動かない灰崎に業を煮やしたように青峰と緑間が両腕を抱え上げて、嫌がる灰崎を赤司の前に座らせた。
ベンチに座り込んだ灰崎の両脇をがっちりと青と緑の長身二人が囲い、背後には紫原が灰崎のつむじを見下ろすように立っている。
何がなんでも逃がさないという気迫が感じられた。


(なにこれ怖すぎんだけど!!助けてテツヤ!!)


もはや涙目になって内心で黒子に助けを求める灰崎に、相変わらず恐怖しか感じない笑顔を浮かべたまま赤司が足を組みなおした。


「よくのうのうと顔を出せたものだな…さすが灰崎だ。関心するよ」


お前が呼んだんだろ!?と声を上げた灰崎だったが、そんな叫びは聞いていないとばかりにスルーされた。


「最近、黒子と随分仲がいいようじゃないか」


にたりと効果音が付きそうな笑みを浮かべた赤司に、灰崎はフッと遠くなった意識を何とか手繰り寄せ、ポケットに入れていた片手から慣れた仕草でメールを送る。


From:灰崎
件名:\(^o^)/
本文:↑今の俺の心境


返事はすぐさま返って来た。


From:黒子
件名:m9(^Д^)プギャー
本文:↑今の僕の心境www


「お前のせいだろテツヤあああああ!!!」


つい叫んでしまった灰崎だった。
しかしこの名前を彼らが気にしないはずもなく。


「…テツ、だと?」
「貴様…黒子とメールをするほどの仲だとでも言うつもりか?」
「何それムカつくんだけど。俺だってあんまり返事返してくれないのに」
「俺にいたってはアドレスさえ教えてもらえないというのに…。一体どうやって懐柔した?詳しく聞かせてもらおうか」


あ、俺コレ墓穴掘ったわ。
前後左右から威圧感のある視線に晒されて、灰崎は降参の意思を示すために両手を挙げてみせた。





***





帝光中学校の本校舎裏にある旧部室棟―――そこで闇に紛れて静かに動く人影が4つ。
息を殺して歩く彼らの目的地からは、ほんの僅かにだが扉の隙間から光が漏れている。
ガラリと勢いよく開いた室内に求めていた人物を確認し、悪巧みが成功したかのような笑顔を見せた彼らに、隠し扉から地下へ潜ろうとしていた黒子は引き攣った顔で灰崎を見た。


「灰崎くん…?」
「話してない!俺は仕事に関しては何も話してない!」


本当に来やがった、と言いたげな顔をしていた灰崎は、黒子の静かな声に勢いよく体を引いて首を横に振った。


「その通りだ。俺たちが灰崎から聞いたのは、『今日この時間にお前が此処に来る事』・『バイトをしている事』・『そのバイトがお前に関係ある事』の三点だけだからな」
「確かに内容に関しては喋っていないようですね」


でもそれとこれとは別ですが、と相変わらず灰崎を死んだ魚のような目で見詰め続ける黒子に、彼ら―――赤司と青峰と緑間と紫原の四人はムッとしたように黒子に近づいた。


「崎ちんばっか構ってずるい!」
「色々と予想外だったが…やはり只者じゃなかったようだな」
「テツ、それ何着てんの?」
「地下に通じているのか、この扉は…一体何があるのだよ?」


同時に喋るなら内容を統一しろ、と思った黒子だった。


「テツヤ。お前は何者だ?」


赤司が他の三人を制し、問う。
まっすぐに見詰めてくる四人の視線は誤魔化しを許さないと言っていて、黒子は面倒くさい事になったとばかりに大きく溜息を付いて肩を落とした。
しかしすぐに真面目な表情に切り替えて、「何者か、と問いましたね」と勿体振る様に一人一人に視線を合わせる。
静かに瞼を伏せた黒子は、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。
ごくりと彼らの喉が動く。


「実は―――トロ職人なんです」
「「「「なんでそうなった!!」」」


見事に揃ったツッコミに灰崎は内心で同意する。
今のは本当の事を言う場面だろ!空気読め!と抗議の声を上げる彼らに、なら空気読んで誤魔化されてくださいよと黒子は一つ舌打ちしたのだった。





From:Shadow
件名:やばすwww
本文:バディに嵌められてカラフル達に探索行くの見つかったwww


From:Falcon
件名:だから油断しすぎだろ( ゚д゚)
本文:誤魔化せば?www


From:Shadow
件名:いけるカナー?
本文:地下への隠し扉見られたけど(;´Д`)

▼ちなみに今日の俺の装備

上→天之羽衣・特殊ベスト
下→ガーターベルト・ミリタリーブーツ
装備→ハリセン・タクト・輪ゴム・チョーク(大量)
荷物→麺・カレー・寿司


From:Falcon
件名:隠し扉はアウトwww
本文:装備だけならコスプレで余裕なのになwww



…ガーターベルト( ・3・)?





***
黒子は本日クエストだけして帰るつもりでした(笑)

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