漆黒のアタラクシア #17 限界かと思われていた火神が緑間のシュートを止めるため高く跳躍する。その行動を読んでいた緑間が一旦下げたボールを、まるで予めそうすると分かっていたかのように背後から弾いたのは伊月だった。 ボールが床に叩きつけられる音に被って、試合終了のブザーが鳴り響く。 たった一点差で付いた勝敗に、一拍の静寂を置いて室内に歓声が沸きあがった。 「っしゃー!!」 「うわ!勝った!?え、ホントに!?」 「伊月よくやった!!マジで!!」 喜びに彩られた声をよそに愕然と床に転がるボールを見ていた緑間が、ようやく我に返った様に顔を上げる。 疲労の濃い、苦汁に満ちた表情をしているのは秀徳側だけだ。 歓喜に表情を緩めて仲間たちと肩を叩き合っている誠凛に視線を向け、最後の最後で自分の攻撃を防いだ伊月を見やった。 整列していた伊月がそれに気付き、その瞳を細める。 「なぜ…」 「ん?」 「最後のシュート、なぜ俺が一度下げると分かったのだよ」 「ああ、あれか」 言われた内容になんてことはないと言いたげに伊月は誠凛側のベンチに視線を流した。 そこには明るい表情で荷物を纏めている一年三人と、タオル片手に嬉しそうな顔で腰に手を当てて立っている少女が一人。その横でドリンクをいくつか手に持って目元を和らげている背の高い男が黒子にボトルを一つ手渡していた。 「黒子がな、最後にお前にボールが渡るようならきっとああするって言ってたから」 「黒子が…?」 「俺はただ、火神とお前を信じた黒子を信じて動いただけだ」 肩を竦めて歩き出した伊月を追う事はせず、火神にドリンクを手渡してタオルで汗を拭いてやっている黒子を見やる。 身長差から腰を屈めて黒子が拭きやすいようにしている火神が嬉しそうな顔をして何やら言葉を放つ。 こちらには聞こえない声は、けれども傍にいる黒子にはしっかりと伝わっていて、珍しいくらい鮮やかに黒子はその顔を綻ばせた。 どこか見覚えのある感覚を覚える光景に、緑間は自身を呼ぶ高尾の声を無視してきつく目を瞑る。 穏やかな笑みに、瞳に歓喜を浮かべた黒子を見たのは一体いつぶりだろうか。 おぼろげな記憶から拾い上げた記憶はあまりにも遠く、ああ、と小さく吐息をこぼした。 *** 試合が終わった事もあって気が抜けて疲労感が一気に押し寄せてきた体を引き摺って、誠凛メンバーは帰路に就いた。 足取りこそ遅いものの、彼らの気分は王者に勝利するという目的を達した事で高揚し、けっして悪いものではない。 今回一番疲労の色が濃い火神は今にも崩れ落ちそうに震える足を内心叱咤しつつ、傘を持つ手に力を込めた。 そんな火神を少しでも支えようとその背に手を添える黒子が雨に濡れないように肩を抱き寄せる。 ぽふっと簡単に火神の腕の中に捕らわれた黒子に抵抗はない。 体重を掛けすぎない様に注意しつつ肩を抱いたまま二人で一つの傘を共有していると、前から歩いてきた女子大生の目がカッと見開かれたのが少し怖かった。 「あーお腹減った!!」 「足マジつれー…」 「仕方ないわね。この辺りで休憩がてらに晩御飯でも食べて行きましょうか」 「そうするか」 リコの提案に口々に賛成の意を表す彼らが、きょろきょろと回りに視線を走らせる。 いくつかの食事処を見つけ、何を食べたいのか予算と相談しつつ決めた面々は、こちらの人数も考慮して鉄板キッチンの看板のある店の暖簾をくぐった。 直後、室内に見知った顔を見つけて唖然とする。 「ん?」 「黒子っち!!」 振り返った直後、最後尾付近に居た黒子を逸早く発見した黄瀬が席から立ち上がって黒子に駆け寄る。 「試合見てたっスよ〜」と他の人間を無視して話し始めた黄瀬に引いた視線を向けていた日向は、笠松に声をかけた後、とりあえず席に着こうと疲労度の増した体を押して空いていた座敷に上がった。 流石に全員が座る事は出来なさそうだなと思っていると、それに気付いた黄瀬が黒子の腕を引いて自分の席に連れて行く。 「黒子っちはこっち座れば良いっスよ!いいっスよね、笠松先輩!」 「あ?まー別にいいけど」 「すみません、お邪魔します」 ぺこりと頭を下げた黒子に軽く「おお」と了承していると、火神も便乗するように「俺もいいか?」と声を掛けた。 「はぁ?良いわけないだろ」 「黄瀬くん」 「……黒子っちがそう言うなら」 不満そうな顔でわざとらしく唇を尖らせた黄瀬に、黒子は仕方なさそうな顔をしてその隣に腰を下ろした。 呆れたように黄瀬を見やる笠松の隣に座った火神は、気にせず黒子の分と一緒にドリンクを注文する。その際自身の分はジョッキで持ってきてくれるように頼むのは忘れなかった。 「黒子っち、濡れてないっスか?寒いなら俺のジャケット貸すっスよ?」 「いえ、大丈夫です」 「えー」 「えー、じゃねーだろ!お前の貸りるくらいなら俺の貸すっての!」 「はぁ!?なんでアンタなんかの服を黒子っちが着るんスか!」 「煩せぇぞ黄瀬!ちょっとは静かにしろ!他の客の迷惑になんだろ!」 「なんで俺ばっかり!」 笠松先輩が酷いっスー!と黒子の気を引こうと体ごと隣を向いて話し掛ける黄瀬の足を笠松と火神が交互に蹴り付ける。 それでもまったくへこたれる様子も見せずに話し続ける黄瀬もあれだが、そんな三人をさらっと無視してメニューに目を落としている黒子も黒子だろう。 座敷から四人の様子を観察していた面々が生温い笑みを浮かべていると、丁度そこに注文したドリンクが到着した。 「よ、よし!んじゃとりあえず乾杯しようぜ!」 「おお!」 頼んだドリンクを各々に配り、仕切りなおしとばかりに代表して日向が乾杯の音頭を取ろうとしたところで、ガラリと店の扉が開く音がした。 自然と集まった視線の先では、まだこちらに気付いていない緑間と高尾が店主に声を掛ける。 満員だと聞いて室内に視線を向けた二人は、そこでようやく誠凛メンバーに気付いて目を瞠った。 先ほどまで顔を合わせていたとはいえ、意外な顔ぶれに静まり返る店内で、黒子の「もんじゃも美味しそうですね」と言う空気を読まないのか読めないのかよく分からない一言が響いたのだった。 *** 秀徳戦、省略しつつ終了しました! 桐皇戦までまだ先が長いですね(汗) |