漆黒のアタラクシア #16





初めこそ事前の仕込みのお陰で順調に試合を進められていたものの、次第に開き始める点差にメンバーの顔に焦りが浮かぶ。
秀徳の選手は揃って強敵だが、中でも一番はやはり緑間だ。
あの長距離シュートを止められない限り、現状、誠凛に勝機はないだろう。


「高尾くんが『鷹の目』を持ってた事には驚きました」
「んな呑気な!ど、どうすりゃいいんだよ!?このままじゃ…ッ!」
「そうですね…」


確かにこのままでは降旗が懸念するとおり、点差が開かれたまま試合が終わってしまう。
そうなられては困ると思いながら、コートで緑間を睨みつける火神に視線を向けた。
猛々しい闘志は最初よりも強くなっている。
諦めてないなら、大丈夫だ。
第二Q終了の合図と共に、息を切らしてベンチに戻ってきたメンバーにタオルやドリンクを渡して、控え室に戻るために荷物を持つ。
最後尾を歩く火神に寄り添うように近づいて、その顔を覗き込んだ。


「やっぱり緑間くんは強いですね」
「…ああ。つーか止めらんねぇのが腹立つ!後半ぜってー止めてやる…!」
「ええ、火神くん次第だと思いますよ」
「あ?」


何がだと首を傾げる火神に小さく微笑んで控え室に入った。
ベンチに座り込む他のメンバーは口を開かずに俯いている。
持ち帰った荷物の中からハンディカメラを取り出した黒子は先ほどの試合をモニターに映し出す。
背後ではリコが選手を励まそうと口を開いたところで日向がツッコミを入れていた。


「さっきの試合の映像か?」


黒子の腹に腕を回して背後から抱きつくように座った火神が、細い肩に顎を乗せてモニターを覗きこむ。
どこからともなく舌打ちが聞こえたのは気のせいだろう。
「そうです」と頷いた黒子が火神にも見えやすいように体を少し傾けた。
同じように横からその映像を見ていた河原が引き攣った表情で肩を落とす。


「つーか緑間の3Pシュートってヤバイよな!」
「マジ勝てる気しねー」
「なんか勝算あるのか?」


現状、秀徳と誠凛の選手を比較した場合、どうやっても誠凛に勝ち目はない。
だからこそ、『何か』は必要だ。
伊月の真剣な瞳に、黒子はゆるりと目を細めた。


「緑間くんは長距離のシュートを打つ際、ゴールから距離が遠ければ遠いほど『溜め』の時間が長くなります。勝機があるなら、そこしかないかと」
「つっても緑間がボール持っちまったらそう簡単にはいかねぇぞ」
「他の連中も一筋縄じゃいかないしなー」
「ですから、そこは火神くんに頑張ってもらうしかありません」


黒子の言葉に室内の視線が火神に集中する。
それを受けた火神は当然だと言わんばかりに口元に笑みを浮かべた。
いつも以上に鋭い瞳にごくりと息を呑む。


「いいですか、火神くん。君の才能はその並外れたジャンプ力にあります。タイミングさえあえば、現時点での君の跳躍で緑間くんのシュートを叩き落す事は可能だと思います」
「ま、マジか!?ほんとに火神に出来んの!?」
「でも前半全然駄目だったぞ」
「全然って言うな!、くださいッ!」


しかし駄目だった自覚がある火神は、黒子を抱きしめたまま肩に額を押し付けて小さく唸った。
それを宥めるようにカメラを置いた黒子が火神の頭を撫でて苦笑する。
きゅうっと腰に回った腕の力が苦しくない程度に強くなった。


「とにかく。火神くんがボールを叩き落せれば、点を取れる確立は高くなります」
「え、なんで?」
「…そうか、緑間が遠くからシュートを打とうとするって事は、逆に自軍のゴールに近づいてるってことだよな!」
「あ!じゃあそこを火神が叩き落せれば俺らでもボール持ったら即シュート打てる感じ!?」
「そういうことです」


黒子が頷くと、それまで静かだった室内に活気が戻った。
残り数分のインターバルの間に顔を付き合わせて作戦を練り直すリコたちに、コートに立てない残りの一年は少しでもサポート出来るようにと多めにテーピングやドリンク等を取り出しておく。
黒子は、そんな面々とは別に黒子を抱きしめたまま動こうとしない火神の足に手を滑らせた。
きょとんとした顔で瞬いた火神が「どうした?」と問う。


「足、やっぱり結構来てますね」
「あー…ま、大丈夫だろ」
「油断はいけませんよ」


労わるように擦ると火神は「くすぐってーよ」と笑ってその手を絡め取った。


「火神くん」
「ん?」
「後半は周りをもっとよく見てください。前半、少し無茶が目立ちました」
「そうだったか?」


思い当たらなかったのか、首を傾げて不思議そうに黒子を見下ろす火神に、黒子は少し体を離して距離を取った。
向かい合うように上体を捻って、取られたままの手に力を込める。


「嬉しくなければ、それは勝利じゃない」


囁くような静かな声は、けれどもどこまでも強く、脳に、心に焼き付く音だ。


「僕はそんなもの要りません。……言っている意味、分かりますよね」
「―――ああ。俺は、違う」


何を、とは言わず。
火神が言いたい内容を悟って、黒子はふわりと柔らかく笑みを浮かべた。





インターバルの終了が迫り、皆が次々とベンチから腰を上げる。
一足先に控え室を後にした選手達に続いて部屋を出ようとした黒子を、後ろに居たリコが引き止めた。
降旗たち一年3人もそれに気付いて立ち止まる。


「黒子くん。あなたなら分かってると思うけど、この試合、皆の体力の問題もあるわよ」
「ええ。実際、それが一番の問題ですね」
「どういう事だ?」


福田の問いに、リコと黒子は肩を竦めて苦笑して見せた。


「二試合連続だからね…」
「初めから結構飛ばしてますし、最後まで体力が持てばいいんですが」
「え、ちょ、すっげー不吉な事言うなよ!」
「大丈夫だよな!?大丈夫だと言ってくれ!」
「うわー!みんな頑張れ!!」


あわあわと慌てふためく3人を宥めながら、試合に出れない分、応援頑張ろうと思った黒子だった。





***
この火神くんは暴走しません!

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